#ジャンル:恋愛
#トーン:爽やか
#登場人物:高校生
波の音が穏やかに響く海辺で、リツはスケッチブックを膝に置き、鉛筆を動かしていた。彼女が描いているのは、ゆったりと寄せては返す波と、白い砂浜の柔らかな曲線。それらは、どこか現実離れした美しさを持ちながらも、彼女の心に深く根付いている日常の一部でもあった。
「こんなところで何してるんだ?」
突然の声に、リツは肩を跳ねさせた。振り返ると、そこには同級生のユウキが立っていた。サッカー部のエースで、学校中の人気者。彼の笑顔にはどこか屈託がなく、眩しいほどの輝きがあった。
「えっと……ただ絵を描いてて」
「へぇ、見せてよ」
ユウキが覗き込もうとするのを、リツは思わずスケッチブックを抱きしめて隠そうとした。だが、彼の興味津々な様子に気圧されて、結局そっと差し出すことになった。
「すごいじゃん!」
スケッチブックを覗き込んだユウキは、素直に感嘆の声を上げた。その視線がリツの絵の隅々まで行き渡るたび、リツの心臓は早鐘のように鳴り響いた。
「こんな風に描けるなんて、マジで尊敬するわ」
「そ、そんなことないよ。ただ好きなだけで……」
リツは視線をそらしながら小さく答えたが、内心は驚きでいっぱいだった。あのユウキが自分の絵を褒めてくれるなんて。
ユウキは砂浜に腰を下ろし、スケッチブックを返すと、遠くの波を眺めながらぽつりと言った。
「俺さ、最近サッカーがうまくいかなくてさ。なんか、前みたいに楽しめなくなったんだよな」
その言葉に、リツは意外な気持ちを抱いた。いつも明るく、何にでも全力を注いでいるように見えるユウキが、そんなことを考えているなんて。
「でもさ、リツみたいに一つのことに集中できるっていいよな。こうやって絵を描いてると、他のことなんて忘れられそうだし」
リツはしばらく考え込んだ後、勇気を振り絞って言葉を口にした。
「ユウキも好きなサッカーだから、もう一度好きだった気持ちを思い出せると思うよ。例えば、サッカーをしてるときに見た好きな風景とか、思い出せる場面ってない?」
ユウキは真剣な表情でリツの言葉を噛みしめていたが、やがて笑顔を浮かべた。
「そうだな、たしかにあの時の景色、すごく良かったな……ありがとう。なんか、少し楽になった気がするよ」
それから二人は、夕陽が沈むまで砂浜で話し続けた。会話の中で、リツはふとユウキとの距離がほんの少し近づいた気がしていた。
風が吹き抜ける海辺で、リツの心には少しずつ自信が芽生え始める。その絵の中に描かれる波と同じように、彼女の片想いもゆっくりと前に進み始めているのかもしれない。
その日の空は、まるで二人を祝福するかのように、オレンジ色に輝いていた。