終わらない夏休み

ファンタジー

#ジャンル:ファンタジー
#トーン:ノスタルジック
#登場人物:高校生

8月15日、夏真っ盛りの暑い日。高校2年生の村田翔太は、神社の倉庫で偶然見つけた古びた日記をめくっていた。日記には、奇妙な文言が記されていた。「この日記の指示に従えば、夏休みを永遠に繰り返すことができる」。冗談めいているが、どこか不思議な引力がその言葉にはあった。

日記の最初の指示通り、翔太は翌朝、決められた時間に神社の鈴を鳴らし、古い井戸を覗き込んだ。すると、目の前が白く霞み、気づけば再び8月15日が始まっていた。

「本当に……昨日に戻ってる。」
最初の数日間、翔太はその「繰り返し」を謳歌した。宿題を忘れ、友人たちと毎日違う冒険をし、やりたかったことをすべて試してみた。しかし、10日、20日と同じ日を繰り返すうち、翔太の心に異変が生じた。

「なんか、おかしいぞ……。」
周囲の人々が、まるでプログラムされた人形のように、毎回同じ言葉を発し、同じ行動を繰り返している。特に日記に書かれた内容以外の行動を取ると、不気味なほどの静けさが世界を包むのだ。ある時、翔太が日記の指示に反して遠く離れた街へ出かけると、景色が歪み、まるで現実そのものが崩壊しそうな錯覚を覚えた。

「これはただの遊びじゃない……。」
やがて、日記の最終ページが示す言葉が目に焼き付いた。「8月32日。この日、この世界の出口に向かえ。」翔太は決意を固め、山奥の神社に向かう。

神社は廃墟のような佇まいだった。木々に覆われた奥深く、翔太は祠の前に立った。その扉には、不自然なほど新しい木札が掛かっており、「戻るべき場所へ」と書かれている。翔太が扉を開けると、眩い光が彼を包み込んだ。

光の中で、彼は亡き祖父の姿を見た。祖父は優しい目で微笑み、こう言った。「翔太、この日記は過去の私が作ったものだ。お前が未来へ進めるように。だが、今のお前がこれを続けると、二度と現実には戻れなくなる。」

その言葉に、翔太の胸は締め付けられるような感覚を覚えた。「でも……もう少しだけ、この夏を――」そう思った瞬間、光の中から祖父の声が響いた。

「前を向け、翔太。夏の終わりを恐れるな。」

目を覚ますと、翔太は神社の石段に座り込んでいた。ポケットには、日記の切れ端が一枚だけ残っていた。「おかえり」とだけ書かれたその紙を見つめ、翔太は深呼吸をした。家に帰る道すがら、蝉の声が妙に懐かしく聞こえた。

「また一つ、夏が終わるんだな。」
二度と戻らない、かけがえのない夏の日々を惜しみながらも、翔太は新しい一歩を踏み出した。