#ジャンル:ファンタジー
#トーン:ミステリアス
#登場人物:庭師
霧が深く村を包む夜、庭師のカリスは静かに鍬を下ろした。彼の庭には、黒い茎が絡み合い、不気味な輝きを放つ蕾が揺れていた。その姿は村人に恐怖を抱かせ、誰も近づこうとしない。それでもカリスは黙々と鍬を振るい、闇に咲く花を育て続けていた。
村では「闇の庭師」と囁かれていた。彼が植える花が村を滅ぼすのではないかと、人々は怯え、遠巻きに見ていた。しかしカリスには理由があった。幼い妹のエルナが病に倒れ、どんな薬も効かない状況で、ただ一つの希望が「光の花」と呼ばれる伝説の植物だったからだ。
「光の花は闇の中でしか咲かない。だが、その代償は大きい」と祖母が語っていた。祖母はかつて村を救った庭師だったが、その後の人生を多く語ることはなかった。カリスはその話の真意を知るため、闇と対峙する覚悟を決めた。
庭に立つカリスの手は震えた。土の中に指を差し入れ、花の根を撫でる。闇に飲まれるような感覚が走るが、彼は恐れなかった。花を咲かせるには、自らの内なる闇と向き合わなければならない。それは、自分の過去を暴き出し、押し込めた感情を解き放つことを意味していた。
「エルナのために……!」強く念じた瞬間、庭が光に満たされた。黒い茎が裂け、眩い光を放つ純白の花が咲き誇る。村を覆っていた霧が瞬く間に晴れ渡り、星々が空に輝きを取り戻す。妹の寝室に駆けつけると、彼女は穏やかに眠っていた。その小さな胸が、規則正しく上下している。
村人たちは光の花を見て恐怖を忘れ、感嘆の声を上げた。「これが希望なのか……」と誰かが呟く。カリスは静かに微笑んだが、その目には涙が滲んでいた。花が咲くために何を犠牲にしたのか、それを知るのは彼だけだった。
闇と光が交錯する庭には、再び静寂が訪れた。カリスは鍬を置き、静かに祈りを捧げた。その花が、村を救う希望であると同時に、自らの罪を贖う象徴であることを、彼は誰にも語らなかった。
そして夜が更けた頃、遠くから微かな声が聞こえた。エルナが目を覚まし、兄の名前を呼んでいた。その声を耳にした瞬間、カリスはようやく肩の力を抜き、安堵の息を吐いた。庭にはまだ闇が漂っていたが、そこには確かな希望の光が宿っていた。