#ジャンル:SF
#トーン:ノスタルジック
#登場人物:機械職人
世界が滅びる前、人々は星の音を聴くことができたという。夜空に輝く星々が奏でるその音は、命の営みを守り、心に平穏を与えてくれるものだった。だが今、空は灰色に覆われ、星は消え、音は途絶えて久しい。
廃墟と化した街の片隅で、機械職人の少女エマは一人働いていた。彼女の仕事は、壊れかけた音を奏でる機械を修理することだったが、それで生計が成り立つほどの時代ではない。ただ、エマにとって機械の音は、かつて母が歌ってくれた子守唄のように、心の拠り所だった。
ある日、彼女は古い屋敷の地下室で、埃をかぶった一台のオルゴールを見つけた。星を模した装飾が施されたそれは、まるで長い眠りから目覚めるのを待っていたかのようだった。
「これが……星屑のオルゴール?」
それは星の音を記録した伝説の機械だと言われていた。しかし、オルゴールは壊れていて音を奏でることはなかった。エマは心の中で静かに誓う。
「直せば、星の音が戻るかもしれない――」
その日から、エマの修理が始まった。オルゴールの内部は精緻な歯車で構成され、どれも腐食し、機能を失っていた。一つひとつ丁寧に分解し、磨き直し、何度も試行錯誤を繰り返す。日が昇り、沈んでも、エマは休むことなく手を動かし続けた。
しかし、そんな彼女を阻む者たちが現れた。彼らは「音を取り戻すことは、新たな破壊をもたらす」と信じる者たちで、オルゴールを危険視していた。
「世界は静かであるべきだ。過去の音に縋るのは愚かだ!」
そう言って男たちは彼女の作業場を壊そうとしたが、エマは必死にオルゴールを抱え込んだ。
「違う! 星の音は希望だわ!」
エマの叫びに、彼らは一瞬怯んだが、それでも退こうとはしなかった。だがその時、不思議な音が響いた――オルゴールが微かに音を奏でたのだ。
「聞こえる……!」
音は弱々しかったが、それでも確かに美しかった。男たちは静かに去り、エマは涙を拭いながら修理を続けた。そして、ついに最後の歯車がぴたりと嵌まった瞬間、オルゴールは高らかに音を奏で始めた。
星の音が空に響き、灰色に覆われた空に一筋の光が差し込む。まるで星が目を覚ましたかのように、夜空が少しずつ輝き始めた。
「聞こえる……星の音だ」
エマは呆然と空を見上げた。オルゴールの音は人々の耳にも届き、街のあちこちから驚きの声が上がった。星の音は静かに、しかし確かに、世界に息吹を取り戻していた。
エマはオルゴールを抱え、夜空を見つめながら呟く。
「これが、母さんが言っていた希望なのね」
世界が完全に元に戻るには時間がかかるだろう。それでも、今この音が響いている限り、人々は希望を失わずにいられる。
星屑のオルゴールは今日も奏で続ける。夜空に向けて、その音は星々の眠りを優しく揺り起こし、光と音が再びこの世界に溢れる日を願いながら――。