商店街の午後、猫が教えてくれたこと

日常

#ジャンル:日常
#トーン:温かい
#登場人物:高校生と猫

午後3時、商店街を柔らかい日差しが包み込んでいた。古びた本屋「青葉書店」の店先には、少しずつ新刊が並べられていく。高校2年生の葵は、棚の整理をしながら、ふと足元に目をやった。小さな三毛猫が丸まって寝ている。その首には赤い首輪がついており、そこに小さなメモが挟まっていた。

「今日も元気で」

手書きの文字は少しだけ滲んでいるが、どこか温かみを感じさせる。葵はメモを見つめながら、猫にそっと手を伸ばした。しかし、猫は気配を察したのか、すっと立ち上がり、商店街の奥へと小走りで消えていった。

「待って!」

思わず追いかけた葵は、猫が曲がっていった路地へと入る。そこには八百屋や花屋、小さな喫茶店が並んでいた。店主たちは、見慣れた猫を目で追いながら微笑んでいる。

「この猫、いつも見かけるのよね。どこに住んでるんだか分からないけど、気ままな子よ。」花屋の明子さんが、花束を包みながら言う。

猫はそのまま喫茶店「樹の下」へと入り、カウンターに座っていた年配の男性の足元に収まった。葵が息を切らせて到着すると、店主の麻子さんが笑いながら「おや、追いかけっこでもしてたの?」と尋ねた。

「この猫の首輪にメモが挟まってて、気になって……」葵がそう言いながらメモを差し出すと、カウンターの男性が「ああ、それ、私が書いたんだ」と答えた。

男性は近くの団地に住む一人暮らしの住人で、毎日この猫に声をかけては日課のようにメモを首輪に挟んでいるのだという。「大した意味はないんだ。ただ、この子に伝えたいだけさ。元気でいてほしいって。」

それを聞いた葵は、少しだけ胸が温かくなるのを感じた。猫は、誰かの小さな祈りを背負いながら、商店街を自由に歩き回っている。それが彼女には、とても特別なことのように思えた。

猫が足元をすり抜けて店の外に出る。葵はその背中を見送りながら、ふと「今日も元気で」という言葉を自分自身にも向けてみた。それだけで、いつもの午後が少しだけ違う色に見えた。