夜空に投げた名刺

ドラマ

#ジャンル:ドラマ
#トーン:感動的
#登場人物:OL

 夜の公園はひっそりとしていた。広告代理店で働く彩花は、疲れた体を引きずるようにしてベンチに腰を下ろした。スマホには上司からの未読メッセージが何件も並んでいる。チームリーダーに昇進してからというもの、仕事量は増え、人間関係の気苦労も耐えない。「これが私の望んだキャリアだったんだろうか……」彩花は小さな声でつぶやいた。

 昇進の知らせを聞いたときの嬉しさは、もう遠い過去のように思えた。周囲からの期待は、いつの間にか重い鎖となり、彼女の自由を奪っているように感じる。仕事仲間だった同僚も、立場が変わると心の距離ができた。彩花は、無理に微笑むことで自分を保っていたのだと、改めて気づく。

 ふと顔を上げると、夜空に満天の星が広がっている。都会のビル群の間から、こんなに星が見えるとは思っていなかった。思わず見とれていると、隣のベンチから声が聞こえた。「星を見るのが好きなんですか?」振り向くと、望遠鏡を持った青年が穏やかな笑顔を向けていた。

 「好きっていうか……久しぶりに見たかも。仕事ばっかりで、そんな余裕なかったから」彩花は正直に答えた。その声には、どこか弱々しさが混じっていた。青年は少し首をかしげ、「じゃあ、たまには星空に自分の悩みを投げてみるといいですよ」と優しく言った。

 彩花は驚いたように彼を見つめた。その言葉には不思議な説得力があった。バッグの中から名刺入れを取り出し、何気なく一枚の名刺を選び取った。それを夜空に向かって放り投げると、名刺はふわりと宙を舞い、芝生に静かに落ちた。

 「どうですか? 少し軽くなりました?」青年がいたずらっぽく笑う。その表情につられて、彩花も自然と笑みをこぼした。「うん、ちょっとね」と答える声には、先ほどまでの疲れた響きが薄らいでいた。

 その後、青年は望遠鏡を覗きながら、いくつか星座の名前を教えてくれた。「あれはオリオン座、その左側に見えるのが……」彩花は久しぶりに自分以外の世界に意識を向けた気がした。星々の光が、遠い昔からここにあるのだと思うと、自分の悩みが少しだけ小さく感じられた。

 短い会話だったが、心が不思議と軽くなった気がした。青年と別れて帰路につく途中、上司からのメッセージを開いてみる気になった。「私はまだ、自分の星を掴む途中なんだ」彩花はそう思いながら、再び歩みを進めた。その歩みには、かすかな希望の光が宿っていた。