#ジャンル:ドラマ
#トーン:温かい
#登場人物:郵便屋
街外れの郵便局から、今日もアルバートは古びた自転車を漕ぎ出した。彼はこの街で40年間、郵便を配り続けてきたベテラン配達員だ。古い地図のように頭の中にはすべての配達先が刻み込まれ、どの家にも丁寧な心遣いを欠かさない。それが、彼の仕事に対する誇りだった。
だが、アルバートにはもう一つの特別な習慣があった。それは、配達物に「おまけの手紙」を添えることだ。自分の手書きで綴る小さなメッセージを封筒の中や上に忍ばせる。「試験勉強がんばれ」「今日はお日様が見守っている」。時にはシンプルに「ありがとう」や「元気でいてね」。まるで家族や友人から届いたかのような、心のこもった言葉だった。
最初は誰もが驚いたが、その短い言葉は日常の中に小さな喜びをもたらし、やがてアルバートの配達を心待ちにする人が増えていった。「今日はどんな言葉が届くんだろう?」それが街の日常となり、彼の小さな心遣いは、人々の心に温かい灯をともしていた。
しかし、ある日突然、アルバートが体調を崩してしまった。彼は初めて仕事を休むことになった。郵便配達が滞ると同時に、街全体がどこか静かになった。「最近、手紙が来ないね」「アルバートさん、大丈夫かな」。そんな声が家々から聞こえ始めた。
数日が過ぎたころ、街の人々は一つのことに気づいた。自分たちは彼の「おまけの手紙」にどれほど励まされていたか、そして、それをどうにかして返したいと。
ある日、アルバートの家のポストには、最初の手紙が投げ込まれた。「いつもありがとう」「早く元気になってね」。それが始まりだった。次々と届く手紙の数は増え、やがてポストは手紙で溢れるようになった。文字だけでなく、手作りの小さなカードや、子供たちが描いた絵も入っていた。
数日後、体調が回復したアルバートがポストを開けたとき、そこに詰まった手紙を見て言葉を失った。「こんなに多くの人に支えられていたんだな」。彼は静かに涙を流した。
その翌朝、アルバートは再び自転車にまたがった。ポケットには、自分が受け取った手紙を街の人々に返す準備がしてあった。「ありがとうの連鎖を繋いでいこう」と決意したのだ。そして、配達先の人々に直接言葉をかけながら、一つ一つの手紙を届けていった。
街全体が笑顔に包まれるその光景は、彼が作り上げた小さな奇跡だった。そしてアルバートは気づいていた――自分の配達は単なる仕事ではなく、人と人を繋ぐ心の架け橋であることを。