雪の音に溶ける恋

恋愛

#ジャンル:恋愛
#トーン:心温まる
#登場人物:カフェ店員

雪の音が聞こえる。そんな静かな夜が続く小さな街のカフェ「ルミエール」。オーナーの璃子は、閉店準備をしながらふと時計を見た。午後8時55分――いつも嶺がやってくる時間だ。

嶺は無口で無愛想だが、カウンター越しに差し出される彼の写真が、璃子を虜にしていた。山奥で撮られた雪景色。真っ白な世界に一筋の足跡や、凍りついた小川に映る月の光。言葉が少なくても、写真が語る世界は無限だった。

「どうしてそんな場所で暮らしているんですか?」璃子がそう聞いた夜、嶺は珍しく長い話をした。過去に愛した人とともに雪の中で過ごした日々の話。その人が去った後、彼は心の整理をつけるため、山にこもるようになったという。

「雪は、思い出を隠してくれるんです。でも、全部消えるわけじゃない」

その言葉が、璃子の心に残った。

彼がカフェに来なくなったのは、ある吹雪の夜だった。いつも通り閉店準備をしていた璃子だったが、扉が開くことはなかった。翌日も、その次の日も。彼が置いていった写真を眺める日々が続いた。

「何かあったんじゃ…」思い立った璃子は、山奥の嶺の山小屋を訪れる決意をする。吹雪が止んだ翌日、璃子は地図を頼りに深い雪道を歩いた。寒さで体が震える中、小さな灯りを見つけたとき、彼女は涙が溢れるのを感じた。

小屋の中で見つけた嶺は、写真に囲まれて座っていた。驚いた表情で彼女を見つめた後、少し微笑んだ。

「どうしてここに?」

「どうして来なくなったんですか?」

璃子の問いに、嶺はしばらく黙った後、「もう雪の中に隠れるのはやめようと思った」と呟いた。彼は自分の写真を一つ手に取り、璃子に差し出した。それは、璃子が笑顔で映るカフェの一枚だった。

「これが、僕にとっての新しい景色だったんです。でも、これ以上迷惑をかけたくなくて」

璃子はその写真を見つめ、静かに答えた。「嶺さん、私は待っています。このカフェで、いつでも」

小屋を後にした璃子の足跡は雪に消えたが、その後、カフェ「ルミエール」のカウンターには、再び嶺が通うようになった。そして、二人が静かに語り合うその場所は、街の寒い冬の中で、一番温かな空間となった。