猫と少年のひと夏の冒険 1

ドラマ

#ジャンル:ドラマ
#トーン:成長物語
#登場人物:中学生

第一章: 出会いとチビとの日々

 蝉の声が響く朝、悠人は引っ越したばかりの新しい町を歩いていた。生まれ育った街から遠く離れたこの田舎町は、どこか静かすぎて、気持ちが浮かない。中学最後の夏休みというのに、遊ぶ友達もいない。悠人はただ家の外に出て、時間を潰すように歩き続けた。

 道端の植え込みの横を通り過ぎようとしたとき、かすかな音が耳に届いた。「にゃあ」と鳴く声。振り返ると、草むらの陰から薄茶色の猫がこちらをじっと見つめていた。

 「……猫?」
 猫は一歩前に出てきた。片耳が少し折れ、体も細く、野良猫であることはすぐにわかった。それでも、その澄んだ目にはどこか強い意志のようなものを感じた。

 悠人がしゃがみ込むと、猫は警戒しながらも少しずつ近づいてきた。ポケットに入っていたコンビニのパンを小さくちぎり、そっと差し出すと、猫はためらいながらも食べ始めた。その仕草がなんとも可愛らしく、自然と笑みがこぼれる。

 「君、名前とかないよな。どうしようかな……チビ、ってどう?」
 その名前を口にすると、猫は一瞬顔を上げて悠人を見つめた。それがまるで肯定のように思えて、悠人は「チビか、いい名前だろ?」と軽く笑った。

 それからというもの、悠人の毎日は少しだけ変わった。朝起きると、家の前の塀の上でチビが待っていた。悠人が近づくと、チビは伸びをして「にゃあ」と一声鳴く。それが挨拶のようになり、悠人は自然と「おはよう」と返すようになった。

 二人――いや、一人と一匹で出かける場所は様々だった。町外れの公園では、悠人が木陰で座っている間、チビは蝶を追いかけた。川沿いでは、チビが水面に映る自分の姿に驚いて飛び退く姿が、悠人を笑わせた。

 「お前、どっから来たんだ?」
 そんなふうに語りかけても、チビが返すのは気まぐれな「にゃあ」だけだった。それでも、悠人にとっては十分だった。チビと過ごす時間は、孤独だった日々に光を灯してくれるように感じた。

 ある日、悠人はチビの背中に小さな傷跡があることに気づいた。指でそっと触れると、チビは一瞬身をこわばらせたが、すぐに安心したように目を閉じた。その様子に悠人は胸が痛んだ。

 「お前、苦労してきたんだな…」
 そのとき、ふと近所のおばあさんの言葉を思い出した。「最近、この辺りで猫の親子を見かけたけど、子猫だけしかいないんだよねぇ」。もしかしたら、チビには家族がいるのかもしれない。

 悠人は空を見上げた。白い雲がのんびり流れていく。その雲を眺めながら、胸の奥に新しい感情が芽生えているのを感じた。

 「チビ、もし家族がいるなら、俺が見つけてやるよ。」
 その言葉に、チビは一声小さく鳴いた。それが感謝のように聞こえて、悠人は思わず笑みを浮かべた。

 こうして、悠人とチビのひと夏の冒険が始まろうとしていた。