#ジャンル:ミステリー
#トーン:シリアス
#登場人物:パトロール隊員
冷たい風が雪煙を巻き上げるスキー場「白鷲リゾート」。人気のゲレンデに集まるスキーヤーたちは、年末の賑わいを楽しんでいた。しかし、その平和な雰囲気を一変させる出来事が起こった。
「翔太さん、一人、行方不明です!」
無線の声に、スキー場のベテランパトロール隊員・藤井翔太は顔をしかめた。報告によると、30代の男性客が山頂から滑り始めた後、吹雪の中で姿を消したらしい。
翔太は同僚の若手隊員・山崎とともに、即座に捜索を開始した。だが、スキー板の痕跡は強風に消され、周囲は真っ白な無の世界だった。標高2000メートルを超えるこのゲレンデでは、吹雪の中での遭難は命に関わる。
「彼が滑っていたコースは?」
「Aコースの北端、でも、途中で道を外れた可能性があります」
「道を外れた…?」翔太の眉がピクリと動く。「もしかして、あの場所か…」
彼の脳裏に浮かぶのは、十年前の雪崩事故の記憶だった。
白鷲リゾートの裏手には、スキーヤーに禁じられている「幽霊谷」と呼ばれる区域がある。そこでは、過去に数件の遭難事故が発生していた。だが、最近、SNSなどで「幻のパウダーエリア」として噂が広まり、無謀な挑戦者が後を絶たなかった。
翔太たちは吹雪の中を進み、やがて人の滑った痕跡を見つける。辿った先には、倒木の陰に倒れ込むスキーヤーの姿があった。
「見つけたぞ!」翔太が駆け寄ると、スキーヤーは震えながら、うわ言のように言った。「助けて…俺は、あいつに呼ばれたんだ…あの谷に、あいつが…」
「誰のことだ?」
男はふるふると首を振り、意識を失った。
パトロール隊の報告によると、この男は一ヶ月前からスキー場を頻繁に訪れていたという。そして驚くべきことに、十年前の雪崩事故で亡くなったスキーヤーの兄だったのだ。
「そういうことか…」翔太は、雪の中に目を細めた。男は、弟の亡霊を追い求めて、このゲレンデに戻ってきたのだ。
その後、男は無事に救助され、一命を取り留めた。事故の真相は、弟が仲間との無謀なオフピステに挑んだ末の悲劇だった。しかし、兄はその事実を受け入れることができず、「幽霊谷」の噂に惹かれてやってきたのだった。
翔太は、スキー場の管理責任者に提案をした。幽霊谷を厳重に封鎖し、もう二度と同じ悲劇を繰り返させないための安全策を強化すること。
雪が静かに降るゲレンデ。翔太はスキー板を履き、山を見上げる。白銀の世界には、過去の傷跡が隠されている。だが、今ここに生きる者たちが、その未来を守らなければならない。
彼は吹雪の中を滑り降りる。再び、新たな一日が始まるスキー場へと。