#ジャンル:恋愛
#トーン:切ない
#登場人物:少女
春になると、公園のベンチに彼女はいた。
風に揺れる桜の花びらの下、ただじっと何かを待っているように座っている少女。優人は毎年その姿を見かけていたが、話しかけることはなかった。
けれど今年の春、どうしても気になってしまった。
「君、毎年ここにいるよな」
そう声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。
「……うん」
長い黒髪が春の風に揺れ、透き通るような瞳が優人を見つめた。
「待ってるの? 誰かを」
少女は少し考えるように視線を落とし、そして静かに答えた。
「……約束した人がいるの」
それ以上、彼女は何も言わなかった。
名前を聞くと、「紗希」と名乗った。
それからも優人は何度か桜の下で彼女と会い、少しずつ話すようになった。しかし、彼女の待つ相手については決して語ろうとしなかった。
ある日、優人は紗希の待つ相手がもうこの世にはいないことを知った。
彼女が待っているのは、二年前の事故で亡くなった少年だった。幼い頃からの親友で、初恋の人。春になったら桜の下で会おうと約束を交わしたまま、彼は帰らぬ人となった。
それでも紗希は、約束を守るように桜の季節になるとここへ来る。
「紗希……もう、待つのをやめてもいいんじゃないか?」
優人の言葉に、紗希は静かに微笑んだ。
「優しいね。でも、私がここにいるのは、ただ待っているだけじゃないの。あの人が好きだった桜の下で、私もまた春を感じたくて……」
「だけど、それじゃ前に進めないだろ?」
そう言う優人の胸には、いつしか芽生えていた想いがあった。
紗希に、笑ってほしい。
彼女が過去ではなく、今を生きられるように。
その日から、優人は桜の季節が終わっても紗希のそばにいた。二人で笑い合い、時には喧嘩もしながら、少しずつ彼女の時間は前へと進み始めた。
そして一年後――。
桜が満開の春の日、紗希は公園のベンチではなく、優人の隣に立っていた。
「……ありがとう」
紗希の言葉に、優人はただ微笑んだ。
桜吹雪の中で、彼女はもう、誰も待ってはいなかった。