眠れぬ森のレクイエム

ミステリー

#ジャンル:ミステリー
#トーン:ダーク
#登場人物:刑事

 その村には、満月の夜にだけ現れる「黒い森」があった。

 闇に沈む木々。入り込んだ者は、翌朝遺体となって発見される。

 誰も近づこうとはしなかった。だが、刑事の冬馬は違った。

 彼の婚約者・玲奈は、半年前に突然姿を消した。最後に目撃されたのは、この森の近くだった。

 彼は何度も捜索したが、玲奈の痕跡はどこにもなかった。

 ――生きているのか、死んでいるのか。

 答えを求め、冬馬は満月の夜、たった一人で黒い森へと足を踏み入れた。

森の奥の影
 冷たい空気が、肌を刺す。

 森は静かすぎた。草のざわめきも、鳥の羽音も聞こえない。

 ――カサ……カサ……。

 遠くで、何かが動いた。

「誰だ!」

 冬馬は警戒しながら、木々の隙間を覗く。

 そこに立っていたのは――玲奈。

 いや、玲奈そっくりの女だった。

「玲奈……なのか?」

 女は静かに微笑んだ。

「あなたも、私を忘れてしまうの?」

 冬馬は息を呑んだ。玲奈の声だった。表情も、仕草も、何もかもが彼女そのものだった。

「どういうことだ……玲奈は、消えたはずだ」

 女はゆっくりと森の奥へ歩き出す。まるで、導くように。

「来て」

 冬馬の理性が警鐘を鳴らした。ついて行ってはいけないと。

 しかし、彼女の声には抗えない何かがあった。

森の真実
 彼女について行くと、古びた石碑が立っていた。

「ここは……?」

「私たちが、眠る場所」

 冬馬は理解した。ここは墓場だったのだ。

 森に消えた者たちが、埋められている場所。

「玲奈……お前は、本当に玲奈なのか?」

 彼女は悲しそうに微笑んだ。

「違うわ。私は、玲奈だったもの」

 胸が締め付けられる。

「……お前は、死んでいるのか?」

「ええ。でも、私はあなたを待っていたの」

 女の指が、冬馬の頬に触れた。氷のように冷たかった。

「一緒に眠りましょう」

 冬馬の意識が、次第に霞んでいく。

 彼はこのまま、眠りに落ちるのだろうか。

 玲奈と共に――。

翌朝
 森の入り口で、村人たちは遺体を見つけた。

 それは刑事の冬馬だった。

 彼の顔には、どこか安らかな微笑みが浮かんでいた。

 ――満月の夜、黒い森に迷い込んだ者は、翌朝遺体となって見つかる。

 その噂は、また一つ真実を増やした。