#ジャンル:ファンタジー
#トーン:幻想的な
#登場人物:少女
穏やかな午後だった。
遥は、特に目的もなく公園を歩いていた。風が木々を揺らし、柔らかな日差しが芝生を照らしている。どこかで子供たちの笑い声が響き、小鳥が枝の上でさえずっていた。
久しぶりの休日。忙しい日々の合間に、こうして散歩するのが遥のささやかな楽しみだった。
ふと、足元に影がよぎる。
「ねえ、お姉さん、影踏みしようよ!」
小さな声がして、遥は振り返った。
そこにいたのは、見知らぬ少女だった。年の頃は七、八歳くらい。白いワンピースに、肩まで伸びた黒髪。無邪気な笑顔を浮かべて、遥を見上げていた。
「影踏み?」
「そう! わたしの影、踏める?」
遥は少し戸惑いながらも、微笑んだ。久しぶりに子供の遊びに付き合うのも悪くない。
「いいよ。でも、逃げるのはなしね?」
「ふふ、逃げられちゃうかな?」
そう言って、少女はくるりと回り、芝生の上を軽やかに駆け出した。遥もその後を追い、影を踏もうとする。しかし、少女はふわりと身をかわし、遥の足元をすり抜ける。
「待って!」
何度目かの挑戦で、ようやく遥の靴が少女の影を捉えた。
「やった!」
しかし、その瞬間、遥は違和感を覚えた。
少女の影が、薄くなっている。
はじめは気のせいかと思った。だが、遊びを続けるうちに、影はどんどん淡くなり、地面に溶け込んでいくように見えた。
「ねえ、お姉さん」
突然、少女が足を止めた。
「わたし、ここにいられるの?」
遥は息をのんだ。
「……どういうこと?」
少女は困ったように笑い、視線を落とした。
「わたしね、よくわからないの。でも、ここに来ると楽しくて……でも、気づくと消えちゃうの」
遥は、ぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。
「あなたの名前は?」
そう尋ねた瞬間、風が吹いた。
落ち葉が舞い、枝が揺れた。その風にさらわれるように、少女の姿はふっとかき消えた。
跡には、少女の影さえ残っていなかった。
遥はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
何だったのだろう、今のは。幻? それとも、何かの夢?
少女がいた場所を見つめても、そこにはただ穏やかな日差しが降り注いでいるだけだった。
それからというもの、遥は毎週、公園を訪れるようになった。
少女がいた場所を歩き、影を探す。芝生の上をゆっくりと歩きながら、風の音に耳を澄ませる。
「ねえ、お姉さん、影踏みしようよ!」
もう一度、その声が聞こえる気がして——。