#ジャンル:日常
#トーン:心温まる
#登場人物:大学生
「ちょっとエリカ、どこ行ったの!?」
パリ二日目。エッフェル塔を見た翌日は、美術館巡りと決めていた。でも、朝のカフェで「ちょっと写真撮る!」と席を立ったエリカが、いつまで待っても戻ってこなかった。
LINEも既読がつかず、電話も繋がらない。私は小さなカフェのテラス席で、途方に暮れた。
「とりあえず、ルーブル美術館に向かうしかないか……」
けれど、道がわからない。旅行前に調べていたはずなのに、いざ一人になると頭が真っ白になった。
私は地図アプリを開きながら歩き始めた。朝のパリは活気に溢れ、道端のカフェでは人々がのんびりと朝食を楽しんでいる。けれど、どこか心細かった。エリカがいないだけで、異国の地は急に広く感じる。
そんなときだった。ふと、パンの甘い香りに足が止まった。
目の前に、小さなパン屋があった。木製の扉の上に「Boulangerie Marcel」と書かれた看板。窓から覗くと、店内は暖かそうで、焼きたてのパンが並んでいる。
ふと、お腹が鳴った。エリカを探す前に、まずは落ち着こう。
意を決してドアを開けると、奥から優しそうな老夫婦が出てきた。
「Bonjour!」
笑顔のマダムが、手に焼きたてのクロワッサンを持っていた。私はつたないフランス語で「クロワッサン、ひとつ……ください」と言うと、マダムは「Bien sûr(もちろんよ)」と微笑んだ。
受け取ったクロワッサンをひと口。サクッとした食感と、バターの風味が口いっぱいに広がった。
「Délicieux!(美味しい!)」思わず言うと、マダムが笑った。
マダムとムッシュは「観光?」と片言の英語で聞いてくれた。私は「友達とはぐれた」と説明すると、ムッシュが「大丈夫、大丈夫」と肩を叩いてくれた。
「パリでは、道に迷うのも旅の一部さ」
そんな風に言われると、不思議と不安が和らいだ。
エリカとは、きっと合流できる。せっかくなら、この時間も楽しもう。
私はクロワッサンを食べ終え、お礼を言って店を出た。
しばらくして、ようやくエリカと連絡がついた。どうやらカフェを出てから電波が悪くなり、迷っていたらしい。
「真奈こそ、どこ行ってたの!?」
「クロワッサン食べてた」
「えっ、ずるい!」
朝焼けに染まるパリの街を歩きながら、エリカと大笑いした。
「じゃあ次は、二人で美味しいパン屋巡りでもする?」
「いいね。旅はまだまだこれからだもんね!」
パスポートさえあれば、どこへでも行ける。
そんな気がした。