消えた登山家の遺書

ミステリー

#ジャンル:ミステリー
#トーン:緊張感のある
#登場人物:山岳救助隊

 北アルプスの山岳救助隊が、谷底で発見した遺体。それは、ベテラン登山家・坂本隆司のものだった。標高2,800メートル付近の急斜面で転落し、雪に埋もれた姿で発見された。通常の遭難事故かと思われたが、彼のザックの中から一冊のメモ帳が見つかった。

 そこには、震える筆跡でこう書かれていた。

 「俺は殺された」

 警察は事件の可能性を視野に入れ、捜査を開始。冬山登山に同行していた3人の登山仲間――村上、石田、そして西岡に事情聴取が行われた。

「最後に坂本さんを見たのは、山頂手前の休憩地点です。強風が吹き荒れていて、彼は『少し遅れる』と言ったんです。」
 最初に証言したのは、村上だった。

「僕らは先に小屋に向かいました。だけど、彼は戻ってこなかったんです。」

 次に証言したのは石田。彼は寒さに震えながら、目を伏せていた。

「もしかしたら、道に迷ったのかもしれません。でも……」

「でも?」刑事・村瀬が食い下がる。

「彼、最近妙なことを言ってました。『誰かに狙われてる気がする』って。」

 第三の登山者、西岡は険しい顔で口を開いた。

「馬鹿馬鹿しい。坂本さんは慎重な人だった。ただの不運な事故だ。」

 3人の証言はどこか食い違い、真実を隠しているように思えた。

 翌日、村瀬は坂本の遺書が書かれたメモ帳を分析した。そのページには、さらに気になる文章が続いていた。

 「あいつが、俺を谷へ突き落とした……!」

 だが、不自然な点があった。遺書が書かれたインクは、凍傷を起こすような寒さの中では凍結し、書けるはずがない。つまり、このメモは別の場所、あるいは誰かによって後から仕込まれた可能性がある。

 村瀬は3人を再び呼び出し、質問を重ねた。そして、一つの事実を突き止めた。

 「メモを書いたのは、お前だな?」

 指を差されたのは、村上だった。彼は驚き、しばらく黙り込んだ後、観念したように口を開いた。

「俺は……殺してない! ただ、彼が落ちたあと、気づいたんだ。誰かが突き落としたんじゃないかって……でも、証拠がない。だから、あのメモを書いて警察に気づいてもらおうと……」

 つまり、坂本の死は本当に事故だった可能性もある。それでも、まだ腑に落ちない。

 そんなとき、天候が急変し、雪崩の危険が高まった。捜査は一時中断を余儀なくされたが、村瀬は最後の手段に出た。

 「西岡、あんたがやったんじゃないか?」

 西岡は一瞬、目を細めた。

「証拠は?」

「証拠はない。ただ、お前が一番冷静すぎる。しかも、坂本が『誰かに狙われている』と言った相手は、お前だったんじゃないか?」

 西岡はゆっくりと深呼吸し、やがて低く笑った。

「お前、鋭いな。……そうだ、俺がやった。」

 その瞬間、雪崩の轟音が響き渡った。

 警察隊が避難する中、西岡は雪煙の中に姿を消した。

 数日後、西岡の遺体が発見された。真相は闇の中となったが、登山家たちの間でこの事件は語り継がれた。

 「あの山では、未だに誰かの足跡が雪の中に残ることがあるらしい」

 そう、まるで、何かを告げるかのように――。