#ジャンル:ドラマ
#トーン:青春
#登場人物:社会人
夏の夕暮れ、グラウンドの赤土を踏みしめながら、翔太はぼんやりと空を見上げた。
蝉の声が響く中、遠い記憶がよみがえる。
――あの夏、甲子園を夢見ていた自分。
高校二年の夏、エースとしてチームを率いていた翔太は、地区予選の準決勝で右肘を痛めた。夢の舞台は遠のき、医者から告げられた「投げすぎだね。もう無理はしないほうがいい」の言葉が、彼の野球人生に幕を下ろした。
それからは野球から距離を置いた。大学では草野球にも触れず、社会人になってからは仕事に没頭する日々。しかし、そんな彼を変えたのは、幼なじみの圭介の一言だった。
「なあ翔太、久しぶりに野球やらねえか?」
***
こうして、翔太は草野球チーム「ファルコンズ」に加わることになった。
チームは年齢も職業もバラバラ。営業マン、教師、バーテンダー、コンビニ店員、リタイアした元銀行員まで、様々な人たちが集まっていた。
「本気の試合ってわけじゃないけどな、みんなそれぞれの理由でここにいるんだよ」
圭介の言葉の通り、彼らはただの遊びではなく、仕事の合間を縫って本気で白球を追いかけていた。
最初は気乗りしなかった翔太も、数試合をこなすうちに気づいた。
――やっぱり、野球が好きだ。
バットがボールを捉える快音、土を蹴るスパイクの感触、汗が滲むユニフォームの重み。すべてが懐かしく、そして心地よかった。
***
そして迎えた決勝戦。
相手はリーグ優勝常連の強豪「ブルーソックス」。序盤から打ち込まれ、4回には3点のビハインドを背負った。
マウンドには、3回から登板した圭介。だが、疲れの色が見え始めた。
「翔太、投げられるか?」
圭介の言葉に、翔太の心が揺れた。
投げる――。
あの日から、全力で投げることを恐れていた。怪我のこともある。ブランクもある。だけど――。
翔太はグローブを握りしめた。
「……投げるよ」
***
マウンドに立ち、深呼吸する。右手の感覚を確かめながら、キャッチャーミットを見つめた。
「バッテリーを組むのは、久しぶりだな」
キャッチャーの智也が、ニヤリと笑う。
「お前の球、受け止めてやるよ」
翔太は頷き、振りかぶった。
――バシッ!
ミットが鳴る音が響いた。
痛みは、ない。
1球、また1球。徐々に腕が思い出していく。制球も戻り、直球はキレを取り戻していた。
チームメイトたちの声援が飛ぶ。
「いけるぞ、翔太!」
「この回、ゼロで抑えよう!」
翔太は笑った。久しぶりに、心から楽しいと思った。
迎えた9回裏。ファルコンズは2点を返し、なおも二死満塁。バッターは翔太。
「お前なら打てる!」
仲間の声が背中を押す。
――カキン!
快音が響く。打球は一直線にレフトオーバー。
走れ! 走れ!
仲間が次々とホームへ滑り込み、最後のランナーも生還。
サヨナラ勝ち。
歓声がグラウンドに響き渡る。
翔太は天を仰ぎ、汗を拭った。
あの夏、叶わなかった夢。
けれど、もう一度、こうして野球と向き合えた。
「やっぱり、野球っていいな」
白球を見つめ、翔太はそっと呟いた。