#ジャンル:ファンタジー
#トーン:幻想的
#登場人物:青年
夜の公園は、静寂に包まれていた。街灯がぼんやりと道を照らし、風が木々を優しく揺らしている。
青年・透は、一人で公園を歩いていた。特に目的があるわけではない。ただ、夜の空気が好きだった。昼間の喧騒が消え、世界が少しだけ柔らかくなるこの時間が。
ふと、前方に人影が見えた。小さな白いワンピースを纏った少女が、透と同じ道をゆっくりと歩いていた。
「こんばんは」
透が声をかけると、少女は驚いたように振り向いた。月明かりの下、彼女の顔はどこか儚げで、夢の中のように現実感が薄かった。
「……あなたも、この道を歩くの?」
「まあね。夜の散歩が好きだから」
少女は微笑み、ふと視線を夜空に向けた。
「私はね、毎晩夢の中でここを歩くの」
透は眉をひそめた。
「夢の中?」
少女は頷き、足元の砂を指先でなぞるように触れた。
「でも、今日は違う。今日は誰かと一緒に歩ける気がしてたの」
それが特別なことなのか、そうでないのか、透にはわからなかった。ただ、その夜から、彼女と歩く時間が習慣になった。
◇
それから何度も、透は少女と夜の公園を歩いた。彼女はいつもふわりとした笑顔を浮かべていたが、時折遠くを見つめるような表情をすることがあった。
「ねえ、君の名前を聞いてもいい?」
ある夜、透が尋ねると、少女は少しだけ考えてから言った。
「ルカ」
「ルカ……綺麗な名前だね」
ルカは微笑んだが、それ以上は何も言わなかった。
ある時、透はふと気づいた。彼女はいつも夜にしか現れない。そして、足音を立てることもなく、風のように静かだった。
——もしかして、彼女は……。
けれど、真実を問うのが怖かった。もしもそれを確かめてしまったら、彼女が消えてしまう気がしたから。
◇
そして、ある夜。
ルカは、いつものように微笑んでいたが、その声はどこか遠かった。
「……もう夜が来ないの」
「え?」
「きっと、もうここには来られない」
透の胸がざわついた。
「そんなこと、言うなよ」
ルカはそっと透の手に触れた。指先は、夜風のようにひんやりとしていた。
「あなたがいてくれて嬉しかった。ありがとう、透」
「待って、どういうこと——」
言いかけた瞬間、ルカの姿がふっと消えた。風が吹き抜け、夜の公園には透だけが残されていた。
◇
それから、透は毎晩同じ道を歩いた。彼女の姿はもうどこにもない。それでも、歩いていれば、彼女と共に過ごした時間を忘れずにいられる気がした。
——ルカの名前を、忘れたくなかった。
月の光が、静かに透を照らしていた。