【短編小説】渡り鳥と彼の場所

日常

 陽太は海辺の町で生まれ育った。駅から少し離れた丘の上にある高校に通いながら、毎日同じ海の景色を見ている。潮風に吹かれ、波の音を聞くのが当たり前になっていた。

 そんな陽太にとって、毎年決まった時期に現れる一羽の白い渡り鳥は特別な存在だった。いつからかは覚えていないが、気がつけばその鳥の姿を探すのが習慣になっていた。秋が深まる頃、海沿いの遊歩道にある一本の流木の上に、その鳥はいつも佇んでいた。まるでこの町を訪れるのを楽しみにしているかのように。

 「今年も来たな」

 陽太は誰に言うでもなく呟いた。その鳥が目を細めるように小さく鳴いた気がして、微笑む。

 しかし、それから数日後のことだった。学校の帰り道、ふと海岸を見下ろすと、白い鳥が砂浜の隅でうずくまっているのが見えた。

 「おい、大丈夫か?」

 駆け寄ると、片方の翼が不自然な角度に曲がっていた。何かにぶつかったのか、それとも強い風に煽られて落ちたのか。どちらにせよ、このままでは飛べない。

 陽太はそっと鳥を抱き上げた。驚かせないように、ゆっくりと。その体は思ったよりも軽く、温かかった。

 家に帰ると、祖父が「鳥か」と呟きながら新聞を置いた。昔から動物好きだった祖父は、野生の生き物に干渉しすぎるなと言いながらも、応急処置の仕方を教えてくれた。陽太は言われた通りに、傷の様子を確かめ、そっと包帯を巻いた。

 数日が過ぎると、鳥は少しずつ元気を取り戻した。水を飲み、餌をついばみ、時折翼をばたつかせるようになった。その姿を見て、陽太は嬉しさと同時に、少しの寂しさを感じた。

 そして迎えた、別れの日。

 その朝、陽太がいつものように世話をしようとすると、鳥は羽ばたきを繰り返していた。もう飛べるかもしれない。

 「……行くか?」

 陽太が抱き上げ、そっと空へ放つと、鳥は大きく翼を広げ、ふわりと舞い上がった。一瞬、バランスを崩したが、すぐに風をつかみ、高く舞い上がる。

 「……気をつけてな」

 鳥は一度旋回し、陽太の方を見たような気がした。そして、海の向こうへと飛び去っていった。

 陽太は空を見上げたまま、しばらく動かなかった。

 「また来年、会えるかな」

 そう小さく呟いて、そっとポケットに手を突っ込む。潮風が優しく吹き抜け、彼の頬を撫でていった。

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