#ジャンル:ドラマ
#トーン:物語的
#登場人物:青年
雨が降っていた。
都会の大きな交差点。行き交う人々は傘を差し、信号の色を気にしながら歩みを進める。赤から青に変わる一瞬。その刹那に、四つの人生が交差する。
夢を追う青年
田舎から上京して半年、拓海はまだこの街に馴染めずにいた。映画監督を目指していたが、現実は厳しく、アルバイトと小さな撮影の手伝いで日々を食いつないでいる。
今日は面接の日だった。ある映像制作会社でのアルバイト募集。履歴書を濡らさないように胸元に抱え、信号待ちをしていた。
そのとき、隣に立つ老婦人が傘を落とした。反射的に拾い、差し出す。
「ありがとうございます」
皺の深い手が、それを受け取った。
「頑張ってね」
なぜかそう言われた。拓海は驚きながらも、無意識に背筋を伸ばしていた。
すれ違い続ける恋人たち
咲と直人は一緒にいるのに、どこか距離があった。仕事の忙しさですれ違い、約束は何度も延期。今日こそはと、久しぶりに会ったが、会話はぎこちない。
「最近どう?」
「うん、まあ……」
沈黙。雨音が間を埋める。
信号が変わる直前、咲が思わず呟いた。
「ねえ、私たちって、まだ一緒にいる意味あるのかな」
直人が驚いて振り向く。だが、言葉が出ない。周囲の足音が響く中、二人は青信号の波に流されるように渡り始めた。
人生の岐路に立つ中年男性
新谷はサラリーマン人生を三十年続けてきた。今、早期退職の選択を迫られている。安定か、新たな挑戦か。決断を迫られ、重い足取りで交差点に立っていた。
ふと、若い男(拓海)が老婦人に傘を渡すのが目に入った。その背中には迷いがなく、まっすぐだった。
(自分には、あんな純粋な情熱があっただろうか)
信号が青に変わる。新谷は携帯を取り出し、上司にメールを送った。
「退職願、提出します」
心の中で何かが吹っ切れた。
秘密を抱えた老婦人
老婦人・夏江は長年秘密を抱えていた。若い頃、夢を追ってこの街に出たが、挫折し故郷に戻った。その後、結婚し家庭を持ったが、心の奥にはいつも未練があった。
今日は、その過去に決着をつけるために来た。昔の友人に会い、自分の人生を受け入れるために。
若者(拓海)が傘を拾ってくれたとき、彼の目に昔の自分を見た。
(頑張ってね)
無意識に言葉が出た。かつての自分が誰かにかけてほしかった言葉を、今の自分が若者に向けていた。
交差点を渡りながら、夏江は微笑んだ。ようやく、心の重荷が軽くなった気がした。
青信号が点滅を始め、人々は急ぎ足になる。交差点の一秒が過ぎると、四人はそれぞれの道へと歩き出した。
雨はまだ降り続いていたが、彼らの足取りは、さっきよりも少しだけ軽くなっていた。