#ジャンル:日常
#トーン:懐かしい
#登場人物:同級生
毎朝、同じ時間に同じ電車に乗る。会社員になってからずっと続く習慣だ。直人は特にそれを苦に思ってはいなかったが、ある日、ふと気になるものを見つけた。
通勤電車の窓から見える小さなカフェ。駅と駅の間の住宅街にひっそりと佇むその店は、黒い木枠の窓と、白いカーテンが印象的だった。いつもはまだ開店前なのか、扉は閉ざされ、看板も裏返っている。それでも、なぜか心惹かれるものがあった。
それからというもの、直人は毎朝そのカフェを意識するようになった。変化はほとんどない。それでも、たまに窓辺に花が置かれていたり、看板のデザインが少し変わっていたりするのを見つけると、なぜか心が弾んだ。
そんなある朝、寝坊した。慌てて駅に駆け込み、普段とは違う時間の電車に乗る。軽く息を切らしながら窓の外を見ると、ちょうどあのカフェの前で一人の女性が店の鍵を開けているのが見えた。
直人は目を見開いた。どこかで見たことがある。
電車はすぐに走り去ったが、彼女の姿が脳裏に焼き付いた。セミロングの髪に、白いエプロン姿。どこか懐かしさを感じる横顔。ずっと考えているうちに、ある記憶がよみがえった。
「……紗月?」
中学時代の同級生。明るくて、しっかり者で、よくクラスの中心にいた。卒業後は連絡を取っていなかったが、間違いない。あれは紗月だった。
その日、仕事を終えた直人は、いつもの帰り道ではなく、あのカフェを目指した。暗くなりかけた街の中で、店の小さな灯りが温かく光っている。扉を押し、店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ――」
振り向いた彼女と目が合う。紗月は一瞬驚いたような表情を浮かべ、それからゆっくりと笑った。
「……直人?」
「やっぱり紗月だったんだな」
懐かしさがこみ上げる。二人は思わず顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑った。
その日以来、直人の通勤ルートには、少しだけ楽しみが増えた。毎朝電車の窓から見るカフェ。その扉の向こうには、かつての同級生がいる。そして、仕事帰りにはふらりと立ち寄り、コーヒーを飲みながら他愛のない話をする。
変わらない日常に、ほんの少しだけ変化が生まれた。そんなささやかな幸せが、直人には心地よかった。