#ジャンル:日常
#トーン:温かい
#登場人物:大学生
目を覚ますと、頭がぼんやりと重かった。喉は焼けるように痛み、身体中がだるい。最悪だ。
「あ……風邪、ひいた……」
かすれた声で呟きながら、布団の中で小さく丸くなる。こんな日に限って、一人暮らしではないことを少し後悔する。
「真奈、大丈夫?」
突然、ドアの向こうから声が聞こえた。
「……紗季?」
ルームメイトの紗季。大学の同級生で、たまたま家探しのタイミングが重なり、一緒に住むことになったけれど、特別仲がいいわけでもない。お互い必要最低限の会話を交わしながら、適度な距離を保っている。
「熱あるんでしょ? 何か作るから、ちょっと待ってて」
「え……」
驚く間もなく、バタバタと台所に向かう音が聞こえる。数分後、部屋にふわりとやさしい香りが漂ってきた。
「……おかゆ?」
「そう、おかゆ。食べられそう?」
紗季が小さなトレイを持って部屋に入ってきた。湯気の立つおかゆとスプーン、ポカリスエット、それに冷えピタ。いつものクールな表情はそのままだが、目元にはどこか優しさが滲んでいる。
「びっくりしてる?」
紗季は小さく笑いながら、トレイを机に置いた。
「いや……ちょっと意外で」
「まあ、風邪ひいた人を放っておくのも気が引けるし」
その言葉とは裏腹に、紗季の動きは丁寧だった。スプーンを手に取り、おかゆをすくうと、「ふうっ」と軽く息を吹きかける。
「ほら、食べて」
「あ……うん」
言われるがままに口を開ける。ほんのり塩気の効いたおかゆが喉を通り、じんわりと身体に染み渡っていく。
「……美味しい」
「そりゃよかった」
紗季は少し満足げに頷くと、冷えピタを手に取った。
「これ、貼るね」
ひんやりとした感触が額に触れる。すぐに指先がそっと添えられ、冷えピタをなでるように押さえられた。その仕草があまりに優しくて、真奈の心臓が小さく跳ねる。
「……意外と手際いいね」
「あんたよりはね」
紗季は小さく笑ってから、毛布を掛け直してくれた。そのままそっと撫でるように肩まで覆う。
「ちゃんと寝て、早く治しなよ」
優しい声。その瞬間、真奈の胸に小さな温かさが灯った。
いつもクールで、素っ気なくて、どこか冷たい印象だった紗季。だけど、こうして世話を焼いてくれる彼女は、意外なほど優しくて、あたたかい。
もしかして、紗季ってこんな人だったんだ。
風邪なんて、早く治したいものだけど――今日だけは、もう少しこのままでいたいと思ってしまった。
*
数日後、すっかり回復した真奈は、キッチンで鍋と向き合っていた。
「……なにしてんの?」
紗季が不思議そうに覗き込む。
「おかゆ作ってる」
「は?」
「ほら、風邪ひいたときにお世話になったし」
紗季は驚いたように目を丸くしたあと、ふっと微笑んだ。
「へえ、じゃあ楽しみにしとく」
その笑顔に、真奈はまた少し胸が高鳴る。
この一週間で、少しだけ距離が縮まった気がした。