夢の王国と時計仕掛けの猫

ファンタジー

#ジャンル:ファンタジー
#トーン:温かい
#登場人物:少女

目を覚ますと、空が足元にあった。

ふわふわの雲に囲まれたその場所で、少女・ミリは目をぱちくりとさせた。見上げれば星が昼の空を流れ、足元には白銀の街並みが広がっている。

「やっと起きたね」

くぐもった声に振り返ると、そこには懐中時計をぶら下げた灰色の猫が立っていた。金色の瞳がきらりと光る。

「ここは夢の王国。君は“選ばれし眠り人”さ」

「ね、ねこがしゃべってる……?」

「名前はトコ。時計仕掛けの猫。王国のガイド役さ」

そう言うと、トコはくるりと背を向け、ミリを導くように歩き出した。

夢の王国では、すべてが“夢のまま”に存在していた。キャンディでできた通り、空を泳ぐ鯨、歌う本の図書館。だが、その美しさの中には不安な沈黙があった。

「王が眠れなくなったんだ」

トコが言った。

「夢を司る王が目覚め続けている限り、王国は崩れてしまう。だから、“眠りの種”を見つけなきゃ」

「それって、私にできることなの?」

「君は“現実”の鍵を持っている。だからここに来られたんだよ」

ミリは不安ながらも、トコと共に旅を始めた。

彼女たちは“夢の国の東端”にある記憶の谷を訪れ、誰かの忘れた夢が積み重なる「過去の丘」を越え、眠らない時計塔の最上階へと登った。

その途中、ミリは奇妙な違和感に気づく。

出会う夢の住人たちが、どこかで見たことのある顔をしている。学校の先生、昔の友達、絵本の中の登場人物。現実と夢の境界が、徐々に曖昧になっていくのだった。

「トコ、私……もしかして、ずっと眠ってる?」

その問いに、猫はゆっくりと頷いた。

「君は病院のベッドで、長い夢を見ている。王国は君の意識の中に作られた世界。眠りの種は、君の“目覚め”そのものなんだ」

ミリは言葉を失った。

では、この冒険も、トコとの出会いも、すべてが夢なのか? 目覚めれば、すべてが消えてしまうのか?

だがそのとき、空がひび割れる音がした。王国の空に黒い亀裂が走り、夢の住人たちが崩れ落ちていく。

「急がなきゃ!」

トコが叫び、ミリを塔の頂上へと導いた。

そこにあったのは、ガラスのベッドに横たわる王。その手には、小さな種のような光が握られていた。

「それが……眠りの種?」

「そう。君が“選ぶ”べき未来さ。種を握れば、夢は続く。離せば、君は目覚める」

「……トコ、君は?」

猫は静かに笑った。

「僕は君の時間の一部。君が作り出した、目覚めるための猫さ。もうすぐ、僕の時計も止まる」

涙が溢れそうになるのをこらえて、ミリは種にそっと触れた。

「ありがとう、トコ」

「さよならじゃないさ。きっとまた、夢で会える」

光が弾け、王の目が閉じられるのと同時に、ミリの視界は白く染まった。

――ピッ、ピッ、ピッ。

目を開けると、天井の白い光。聞き覚えのある電子音。ミリは、病室のベッドの上で目を覚ました。

母の泣き声が聞こえ、看護師が駆け寄る。

「ミリちゃん……! ミリちゃん!」

ミリはそっと笑った。どこかで、時計の針が止まる音がした気がした。

だが、夢の王国で交わした約束は、胸の奥に確かに残っていた。

眠りと目覚めのあいだに、生まれた友情。

そして、時計仕掛けの猫がくれた、かけがえのない旅の記憶。