【短編小説】銀河夜行フィロソフィア

SF

人生が完全に暗転した夜、カイは幻の列車に出会った。

都市の喧騒を離れ、失意のまま歩いた丘の上、旧天文台の廃プラットフォームにそれは突如として現れた。光も音も発しないまま、星屑をまとうように滑り込んできた宇宙列車――フィロソフィア号。

夜にだけ現れると言われる列車。夢を失った者だけがその扉を見つけることができるという、古い噂をカイはかすかに思い出していた。

数日前、研究所は閉鎖され、彼の惑星大気循環モデルの研究は「役に立たない未来予測」として打ち切られた。肩書きも、職場も、夢も、音を立てて崩れた。星々の真理を追い続けてきたはずの自分が、地上の小さな事情で無力になるとは思ってもみなかった。

列車の扉が開く。誰もいない車内に、淡い銀の照明が灯る。

カイは、吸い込まれるように乗り込んだ。

発車の合図もないまま、フィロソフィア号は静かに動き出した。窓の外には星の海が広がり、宇宙の深奥を滑るように進んでいく。

車両の中には、数人の乗客がいた。それぞれが独り言のように、あるいは語りかけるように過去を話していた。

「……私はピアニストだった。けれど、聴こえなくなった耳が、私のすべてを否定した」

「政治の世界にいた。でも結局、人を変えるより、自分の信念を削る方が早かった」

「愛を信じた。でも彼女は、夢を見続ける私より、安定を選んだ」

それぞれが、夢を語り、失敗を語り、諦めた未来を抱えながら旅をしていた。

カイは黙って耳を傾けた。奇妙な安心感があった。ここには、誰も夢を笑う者がいない。否定も正解もない。ただ、星々の狭間で揺れる思考の断片が、静かに交差していた。

いくつかの星系を通過した後、列車は一つの惑星軌道に滑り込んだ。

「次は、レイダ星系。乗客の一部はここで降車となります」

車掌のような声が響き、扉が開く。

その星は、薄青い雲に包まれた水の惑星だった。かつてカイが研究していた理論によれば、この星の気候循環は地球の初期と酷似していた。

「この星……」

車窓に顔を寄せながら、カイは確かに何かが蘇るのを感じた。

失われたのは、時間でも肩書きでもない。目を輝かせて空を見上げていた、あの頃の自分だった。

「降りますか?」

隣にいた女性が尋ねた。彼女は、宇宙植物の研究者だったという。

「ここには、まだ何もない。でも、だからこそ始められる。ゼロから」

扉が開き、風が吹き込む。カイは立ち上がった。

「行きましょうか、また夢を見るために」

列車を降りた先に広がるのは、誰の足跡もない銀色の浜。青い空に二つの月が浮かび、海は微かに揺れていた。

カイは、その景色の中に立っていた。

研究所はない。予算も支援も、理論を証明する仲間もまだいない。でも、目の前には広大な星の営みがあり、自分の手には、まだ知ろうとする意志があった。

「よし……やってやろう」

空を見上げると、フィロソフィア号が静かに去っていくのが見えた。

窓のひとつに、乗客たちの姿があった。夢を失った人々が、再び希望へ向かうための軌道に乗って、どこか別の星へと旅を続けていた。

そして、カイもまた、その星で一歩を踏み出した。

星の真理を探すために、夢の続きを、自分の手で描き始めた。

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