【短編小説】星橋を渡る夜

ファンタジー

七夕の夜、少女・ナギは一人、神社裏の小さな丘で天の川を見上げていた。

笹飾りもない短冊もない七月の風景に、願いごとを託す気にもなれずにいた彼女は、どこか空虚な気持ちで空を見つめていた。

「願いなんて、どうせ叶わないのに」

そうつぶやいたそのとき、視界が白く輝き、ナギは星の光に包まれた。

気がつくと、そこは夜空の上だった。

雲のような道、光の粒が舞う空間の中に、白く美しい羽を持つ鳥のような存在が舞い降りた。だがその瞳は人のように知性を宿していた。

「はじめまして、ナギ。僕はハク。星界と人の世界を結ぶ“渡り鳥”だよ」

「……ここはどこ? どうして私を?」

「君が“忘れかけた願い”を抱えていたからさ。そして、ちょうどいい時だった」

ハクの背後、空に架かる大きな橋が見えた。それは星と星を結ぶ「星橋」。だが、その中央がひび割れ、崩れかけていた。

「この橋は、星々の想いと人間の願いで保たれているんだ。でも、今、人の世界で“本気の願い”が少なくなっていてね。橋が保てなくなっている」

ナギは言葉を失った。

「七夕の夜、人間の願いが一番強くなる。この日にだけ、橋を修復できる力が生まれる。でも、それには“ひとつだけ、本物の願い”が必要なんだ」

ハクの言葉に、ナギの胸がざわめいた。

「私の……願い?」

「うん。君の心にある“ほんとうの願い”を、もしこの橋に託せるなら、星界と人間界は再び繋がる」

ナギは目を閉じた。

心の奥に沈めていた、小さな願いがあった。

両親の離婚で、今年からひとりきりの七夕になったこと。どちらにも気を使って、強がって笑っていたこと。ほんとうは、もう一度、三人で同じ空を見たかったこと。

「……家族、三人で、一緒に笑いたい」

その言葉を口にした瞬間、星の風がざわめき、ナギの胸の奥から光が溢れた。

その光が、空に崩れかけていた橋へと届く。

ひび割れた箇所が修復され、光の帯が再び空をつなぎ始めた。

ハクが羽を広げて微笑んだ。

「ありがとう、ナギ。君の願いは、たしかに“本物”だった。星々は、それに応えてくれるはずだよ」

風が吹いた。星の粒がナギを包み、ふわりと浮き上がった。

次に目を覚ましたとき、彼女は丘の上に戻っていた。

空には、さっきよりも濃く、広く、天の川が輝いていた。

家に帰ると、リビングのテーブルに、ふたつのお弁当と、小さな短冊が置いてあった。

《今日は一緒に星を見に行こう。お母さんも、お父さんも——》

ナギは思わず笑った。

星橋は、たしかにつながっていた。

そして、その夜。三人は並んで空を見上げた。

それは、家族の形が少しだけ戻った夜であり、願いが届いた夜だった。

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