【短編小説】時の郵便屋

SF

春の午後、高校生の奏のもとに、奇妙な手紙が届いた。

宛名は自分。差出人不明。封筒は薄く色褪せていて、まるで長い時間を旅してきたようだった。だが、何よりおかしいのは、消印の日付だった。

「2042年3月14日」

——未来?

冗談だと思いながらも、奏は手紙を開いた。

『奏へ

明日の放課後、図書室で机の下に落ちている青いノートを拾ってください。それがすべての始まりです。

——時の郵便屋より』

名前も何もない。だけど、不思議な吸引力に逆らえず、翌日、奏は放課後の図書室に足を運んだ。

そこに、確かに青いノートが落ちていた。

拾い上げて開くと、中には誰かの走り書きのような日記があった。

「助けて」と書かれた最後の一文で、ページは終わっていた。

その夜、奏はその日記の内容を調べ、持ち主を探した。すると、それは同じ学校の先輩で、最近不登校になっているという話を聞いた。

翌日、奏は偶然を装ってその先輩の家の前を通りかかった。そして、そのノートをポストに入れた。

次の日、学校に行くと、先輩が登校してきたという話題で持ちきりになっていた。

「まさか……あの手紙の通りに動いたから?」

それからも、不定期に「未来の手紙」は届いた。

あるときは「駅前で転びそうな女の子に声をかけて」、またあるときは「教室のロッカーに落ちている封筒を拾って」など、どれも些細でありながら、確かに“誰かの運命”に影響を与えていた。

奏は次第に、手紙を待つようになっていた。

だが、ある日届いた手紙には、こう書かれていた。

『奏へ

次の手紙は最後です。今度は、君自身の未来が試されます。

——時の郵便屋より』

そして、最後の手紙が届いた。

『明日の朝、駅のホームで、ひとりでベンチに座っている少年に声をかけてください。彼は、未来の君です。

彼に“やめるな”と伝えてください。それが、すべてを変えます。』

その言葉に、奏は混乱した。

——未来の自分? やめるな? いったい何を?

翌朝、駅のホームに立つと、確かに手紙の通り、ひとりでベンチに座る青年がいた。どこか見覚えのある横顔。鏡を見ているようだった。

「……君が、時の郵便屋?」

青年は頷いた。

「そう。これは“ループ”なんだ。君が手紙を受け取ったのは、かつての僕が“出した”から。だけど、君がもし今日、声をかけなければ——この連鎖は終わる」

「連鎖?」

「君はこの先、手紙を書く人間になる。誰かを救う、未来からの使者に。でも、ある時、迷いが生まれる。“これが本当に正しいことなのか”って」

「……それで?」

「そのとき、未来の僕は、やめかけた。だから君に伝えてほしかった。“やめるな”って」

沈黙のあと、奏はゆっくりと言った。

「わかったよ。やめない。未来の僕が、今の僕を信じてたように、僕もまた——信じて書き続ける」

青年は微笑んだ。

次の瞬間、まるで夢が終わるように、彼は霧の中へ消えた。

手元には、一枚の白紙の便箋が残っていた。

それは、“これから誰かに宛てて書く最初の手紙”だった。

奏は深呼吸し、ペンを握った。

今度は自分が、「時の郵便屋」になる番だ。

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