夏の空はどこまでも高く、蒼く、まぶしかった。
祖父の葬儀が終わり、陽太は久しぶりに帰郷した実家の縁側に腰を下ろしていた。蝉の声が、まるで時間を巻き戻すように遠くから響く。
「じいちゃんの畑、誰が世話するんだろうな」
ふと呟いた陽太に、母が答えた。
「それ、あんたに任せたいって、おじいちゃん、生前に言ってたのよ」
「……俺に?」
高校生活に追われ、東京の生活に慣れたばかりの陽太にとって、祖父の畑は思い出の奥にある風景だった。けれど、その言葉を聞いて、彼は一歩、畑へと足を向けた。
家の裏手、緩やかな坂を登ると、そこには一面のひまわりが広がっていた。
すべての花が太陽を見上げるように咲き誇り、風に揺れていた。
「……こんなに広かったっけ」
子どものころ、夏休みのたびに遊んだ場所。今はもう祖父の背中も、あの笑顔も、ここにはいない。
畑の中を歩いていると、陽太は足元にふと目を止めた。
——名札?
それは、木片にペンで書かれた、手作りのものだった。
「中村さん」「佐伯先生」「吉岡さん」……
地元の人たちの名前が、一つひとつ、向日葵の株に添えられている。
その数は数十、いや百を超えていた。
なぜ向日葵に、名前が?
陽太は母に尋ねた。
「それね、おじいちゃんが“お世話になった人への感謝の印”だって。誰かに助けてもらったり、よくしてもらったとき、その人の名前を書いて、ひまわりを育ててたのよ」
「そんなこと、全然知らなかった……」
「おじいちゃん、派手な人じゃなかったけど、いつも“ありがとう”って言える人だったから」
陽太は無言でうなずいた。ひまわりの列を歩きながら、名札を一つひとつ読み上げた。
「……陽太」
その文字に、立ち止まる。
自分の名前だった。
名札のそばには、他の株より少し大きく育ったひまわりが風に揺れていた。
祖父が、いつのタイミングでこの名札をつけたのかはわからない。
けれど、その文字は、まぎれもなく自分の存在を刻んでいた。
陽太はその場にしゃがみ込み、声には出さずに呟いた。
——ありがとう、じいちゃん。
それから、陽太は毎朝ひまわりに水をやり、草を抜き、花の様子を観察するようになった。土に触れるたび、祖父の手のぬくもりが蘇ってくる気がした。
ある日、近所の老人が畑にやってきた。
「おう、陽太くんか。おじいさん、立派な人だったなあ。わしの名前、花の根本にあるんじゃ。ありがたかったよ」
そんな風に、ひとり、またひとりと、町の人が畑を訪れた。
陽太はそのたびに、祖父の“ありがとう”が、町全体に根を張っていたことを知った。
夏の終わり、最後のひまわりが枯れる頃。
陽太は、一本の新しい名札を作った。
そこに書かれていたのは——「おじいちゃん」。
「次の夏も、咲かせるからな」
名札を土に刺し、陽太は空を見上げた。
太陽は今日も、高く明るく照っていた。