砂漠の夜明けは、静寂の中に薄紅の光が差し込む。
考古学者のリナは、ラクダの背で揺られながら、遠くに広がる影を見つめていた。砂の海に浮かぶそれは、どこにも記されていない廃墟だった。
「地図にはない……」
ガイドの老人も、首をかしげるばかりだった。
町の外れにラクダを止め、リナはゆっくりと足を踏み入れた。砂に埋もれかけた石造りの家々、風に軋む木の扉、ひび割れた井戸。
「どうして、こんな場所に……?」
建物の間を歩くたび、足元で砂がさらさらと音を立てた。けれど、そこには足跡がひとつも残されていなかった。まるで、誰もここに生きたことがないかのように。
小さな礼拝堂の跡に入ると、床の一角に埋もれた古い木箱が目に留まった。掘り起こし、そっと蓋を開けると、中には布に包まれた記録帳があった。
砂で擦れ、ところどころ文字が消えかけていたが、そこにはこう記されていた。
——この町は砂に飲まれる。だが、それだけではない。夜の嵐とともに、我らは姿を消す。もしこの記録を読む者があれば、風の声に耳を澄ませよ。
リナは思わず息を呑んだ。
「町ごと……消えた?」
町の中央には、半ば倒れかけた石碑があった。その表面を指でなぞると、奇妙な紋様が浮かんだ。渦巻く風と、何かを包み隠す手のような意匠。
その瞬間、砂漠に強い風が吹きつけた。
目を細め、リナは耳を澄ませた。風の中に、かすかな囁きが混じっているような気がした。
——「逃れられぬ定め」「夜の砂」「消えた影」
風の声なのか、町が残した記憶なのか、分からなかった。それでも、確かに何かがここにあったと感じた。
日が沈み始め、リナは町の高台に立った。砂が夕日に染まり、金色に揺れていた。
「もし町が、何かを隠すために自ら消えたのだとしたら……」
リナは手帳に記録を残した。
——地図にない町、足跡を残さぬ廃墟、風が囁く謎。
夜。リナは砂の上に簡易テントを張り、星空の下で目を閉じた。
するとまた、あの風の声が聞こえた。
——「忘れ去られること、それが我らの願い」
目を開けると、町の廃墟が薄闇に溶けて消えかけていた。
砂はすべてを覆い隠し、そして静寂が残った。
リナは翌朝、町のあった場所を振り返った。
そこには、ただの砂丘が広がっていた。
風が吹き抜け、また何かを囁いていた。