【短編小説】ヨーちゃんの駄菓子帳

日常

町の端っこ、小さな坂のふもとに「ヨーちゃん商店」はあった。

木造の古びた建物に、色あせたのぼり。ガラガラと音を立てる引き戸を開けると、甘いキャラメルの香りと、懐かしい紙風船の色彩がふわりと広がる。

「いらっしゃい、今日もええ顔しとるねぇ」

ヨーちゃんこと、店主の陽子おばあちゃんは、腰が曲がっていても声は朗らかだった。

この店には、放課後になると小学生たちがわらわらと集まってくる。財布の中の70円をにぎりしめ、うまい棒を一本選ぶのに5分かけるのが日課だ。

「ヨーちゃん、これって冒険味ってなに味なん?」

「そりゃ、食べてみんとわからん味やなぁ。けど、勇気のあと味がするんよ」

そんな冗談に、子どもたちはけらけら笑う。

駄菓子の並ぶ棚の奥には、ひとつのノートが置かれている。

——ヨーちゃんの駄菓子帳。

子どもたちは、買った駄菓子の名前と、その日のひとことをそこに書き込んでいく。「今日は転んだ」「好きな子に話しかけた」「兄ちゃんとケンカした」

ノートはまるで、町の小さな日記帳だった。

ある日、5年生のユウタが店にやってきた。ランドセルの肩ひもが切れかけていて、元気もなかった。

「ヨーちゃん、今日のおススメはある?」

「そうやねぇ、今日は“ソーダの星”がええな」

棚の一番奥にある、小さなラムネの詰め合わせ。星の形をしていて、ひとつだけ金色のが入っている。

「なんでこれ?」

「心がしょっぱい時は、ソーダで中和せな。金の星が出たら、ちょっとええことあるかもよ」

ユウタは笑ってうなずき、70円を出して買っていった。

翌日、駄菓子帳にユウタの字があった。

——金の星、出た。おばあちゃんの言う通りだった。お母さんが久しぶりに笑った。

ヨーちゃんは、静かにノートを撫でて、そっと一言書き足した。

——よかったね。また来いね。

時には子ども同士のケンカもある。「誰かが盗んだ」「謝らない」と騒ぎになっても、ヨーちゃんはどっしりと構えている。

「お菓子はな、人の数だけ味がある。そやから、仲直りの味もあるんよ」

そう言って、謝る相手にだけ選ばせる特別なキャンディがある。それは子どもたちの間で「魔法のアメ」と呼ばれていた。

季節が巡り、ヨーちゃんは少しずつ休みがちになった。店番を手伝う中学生のサトシが、「おばあちゃん、無理しなくていいよ」と声をかけると、

「けどな、うちはあの子らの“話し相手の棚”やから」

そう言って笑った。

ある日、「ヨーちゃん商店」は静かに閉店した。陽子おばあちゃんは、そっと町を離れた。

けれど、駄菓子帳は残った。

今も町の図書室の片隅に、「ヨーちゃんの駄菓子帳」は置かれている。子どもも大人も、そっとそこに“今日のひとこと”を記していく。

——70円で世界一の冒険ができた、あの場所の記憶を胸に。

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