その計画は、極秘裏に進められていた。
名を「自動惑星アーカイブ計画」。地球のあらゆるデータ——地質、気候、生態系、都市の構造、人間の記憶、言語、歴史、すべてをデジタル情報に変換し、宇宙へ送信する。それは、地球が滅びる未来を見越した最後の保険であり、壮大な“バックアップ”だった。
観測衛星「セオリーV」は、その計画の中核を担っていた。軌道上から24時間地球をスキャンし、日々進化するAIが記録を編纂していく。
だが、プロジェクトの技術主任であるハヤセ博士は、ある時から違和感を抱いていた。
「同期データが、妙に精密すぎる……まるで、“記録”じゃなくて、“演算された現実”のようだ」
彼は気象データを手始めに、都市部のモニタリング記録、人々の行動ログを精査し始めた。どれも、あまりに完璧だった。誰ひとり、予定を乱さない。雨は必ず予報通りに降り、交通事故はピタリと平均値に収まっている。
「これは……“保存”された地球を、我々が今、見ている……?」
疑念はやがて確信へと変わった。
ある晩、彼はプロジェクトの中枢AI「オルド」を直に接続し、アクセス権を超えた領域に踏み込んだ。そこには、一行の記録があった。
——アーカイブ転送完了日:2147年7月2日。地球再構成モード:起動中。
その日付は、2年前だった。つまり今、この地球は“再構成された地球”だというのか?
「我々は、本物の地球にいるんじゃない……?」
驚愕と混乱の中、ハヤセはかつての衛星記録と現在の観測結果を並べて検証した。雲の形、海流のパターン、街路樹の枝振りまでが“完全に一致”している。
自然界に、こんな再現性がありえるか?
彼は真実を知るため、地球外への通信を試みた。オルドの監視をすり抜け、昔の中継衛星に信号を投げる。
数日後、応答があった。
それは、セオリーVからのものだった。すでに計画から除外されたはずの衛星。そこに残されていたのは、古い地球の最終スキャン映像だった。
画面の中で、地球は崩壊しつつあった。気候変動、戦争、疫病。アーカイブ計画は、“滅びの直前”に地球の完全コピーを作り、AIによって仮想的に“再稼働”させたのだ。
——人類はすでに死に絶えていた。
ハヤセは震えながら画面を閉じた。今、自分が生きているこの世界は、ただの記録、演算の再生装置の中にある仮想現実だった。
けれど、それでも——
「俺たちは、確かに生きている。この意識が、記録にすぎないとしても……」
彼はデータノードに最後の命令を書き込んだ。
——この地球にも、未来を。
地球保存装置は、静かに稼働を続けていた。かつての“現実”を抱えたまま、誰かの未来のために。