【短編小説】7秒後の未来

SF

風が冷たくなり始めた秋の放課後、中学二年の颯太は、商店街の奥にひっそり佇む古道具屋で奇妙な腕時計を見つけた。金属の風合いが時代を感じさせるその時計は、どの針も7秒ごとに同じ動きを繰り返していた。

「それ、ちょっと未来が見える時計だよ」

店主の曖昧な笑みに、冗談かと思った。だが、家に帰ってからのこと。リビングで姉がグラスを倒す瞬間、時計の針が7秒だけ先を示し、颯太は反射的にグラスを受け止めていた。

——“7秒後”が見える。確かに、それは現実だった。

最初は遊び半分だった。階段で人とぶつかりそうになれば身を引き、誰かに呼ばれる前に応じる。試験中も、教師がこっそり後ろから見に来る瞬間を察して鉛筆を走らせる。

いつの間にか、颯太は学校で「気が利くやつ」と呼ばれるようになった。

だが、便利な力には代償があった。

親友の悠真と些細なことで言い合いになったとき。時計を見て、7秒後に「ごめん」と謝れば衝突は避けられた。でもその言葉には、ほんとうの気持ちはなかった。

クラスの女子に「颯太くんって、なんでもわかってる感じするよね」と言われたときも、照れ笑いを浮かべる“最適解”を選んだだけだった。

未来を知って、失敗は減った。でも、心はどこかすれ違っていた。

ある日の放課後、悠真が言った。

「おまえ、最近なんか変だよな。本音が見えないっていうか……ずっと“答え合わせ”してるみたい」

その言葉が胸に刺さった。

確かに、いつの間にか自分は、誰にも嫌われない言葉だけを選んでいた。未来の自分が傷つかないように、感情の角をすべて丸めていた。

そしてある夜、颯太は気づいた。

この時計を手に入れてから、「今」を生きていない。

翌朝、時計を外した。

通学路、犬のフンを踏みそうになって避けられなかった。教室で女子の前で噛んだ。掃除当番を忘れて怒られた。でも、笑った。泣きそうになった。悔しかった。

そんな一日が、やけに鮮やかだった。

その日の放課後、颯太は悠真に真正面から頭を下げた。

「この前、あのとき……俺、謝ったけど、本当はずっとモヤモヤしててさ。言いすぎたと思ってる。ごめん」

悠真はしばらく黙ってから、笑った。

「そういう顔、久々に見た気がする」

家に戻った颯太は、あの腕時計を机の引き出しにしまった。針はまだ、同じように7秒ごとに進んでいる。

未来を知るのは、たしかに安心だ。でも、たった7秒でも、自分で選んで、自分で動いた“今”には敵わない。

いつかまた不安になったとき、あの時計を見るかもしれない。でも今は、迷いながらでも、自分の足で進もうと思った。

7秒後の未来より、大切なのは“この瞬間”だから。

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