宇宙探査船《ユリシーズVII》が、αセフィルス系の外縁軌道に浮かぶ未確認惑星を発見したのは、地球時間で西暦2198年の冬だった。その星は、地球と極めて近い重力と大気成分を持ち、しかも温帯に近い気候を保持していた。
調査隊はこの惑星を《セカンド・アース》と名づけ、上陸を開始した。
だが、そこには生命の気配がまったくなかった。
草木も昆虫もいない。だが、地表には風化した都市の痕跡があった。鉄筋構造に似た建築物、道路のような舗装、さらには水の流れを制御していたと思われる痕跡も確認された。
「これは、自然にできたものじゃない。間違いなく誰かがいた」
隊長のカン・イジンは、慎重に足を進めながらそう告げた。
乗員の中にいたアマネは、かねてより奇妙な夢を見続けていた。広い青空と緩やかな丘、塔のようにそびえる樹木の列、そして風の音に混じって聞こえる誰かの声。
その夢が、この惑星に降り立ったとたん、現実と重なり始めた。
「この場所……見たことがある」
アマネがつぶやいたのは、かつて都市だったと思しき高台に立ったときだった。周囲は静まり返り、まるで星全体が息をひそめているかのようだった。
基地に戻ったアマネは、夢に出てきた風景をスケッチに起こし、惑星地図と照らし合わせた。すると、夢の中で最後にたどり着いた大きな石碑が、未調査の区域に存在していることに気づいた。
翌日、アマネを含む小隊がその地点へと向かった。たどり着いた丘の頂には、たしかに黒い石碑が立っていた。その表面には、地球のどの言語にも似ていないが、どこか懐かしさを感じる象形が刻まれていた。
「……これは、誰かの記憶装置かもしれない」
調査員の一人がそう漏らしたとき、石碑の中心が淡く発光した。
アマネが無意識に手をかざすと、その光が彼女の体を包んだ。
次の瞬間、彼女の意識は暗闇に落ち、代わりに“誰か”の記憶が流れ込んできた。
大陸が分裂し、都市が崩れ、最後の記録者がこの星の文明を“凍結”させる場面だった。そこには、異星の者ではなく、人類に酷似した姿があった。
目覚めたアマネはつぶやいた。
「……私たちは、ここから来たのかもしれない」
帰還後、《ユリシーズVII》のAIが遺伝子比較を行った結果、アマネのDNAの一部に、この星で見つかった遺留物に極めて近い配列が含まれていることが判明した。
セカンド・アースは、人類の“出発点”か、それとも“もう一つの未来”だったのか。
この星にはまだ語られていない物語がある。
だが確かなのは、アマネの見た夢が、偶然ではなかったということ。
文明が忘れても、記憶はどこかで眠り、再び呼び起こされる。
《ユリシーズVII》は再び軌道に戻った。
セカンド・アースを見下ろすその窓の向こうで、アマネは微笑む。
「また、来よう。この星が、語ってくれる続きを聞きに」