【短編小説】ログインは、真夜中に

ドラマ

スマートフォンの通知音が、真夜中の静寂を破った。

◇◇◇ さん(以下 A)からのダイレクトメッセージ:

「こんばんは。今、流れ星のツイート見ましたか?」

深夜、SNSで偶然流れ星を見たという共通の投稿に、アカウント同士がつながった瞬間だった。どちらも顔も名前も知らない。「アイコンだけの関係」——匿名の透明な居場所のはずだった。

最初のやりとりは、軽やかだった。なぜ流れ星が好きか。その瞬間に願いを込めるロマン。そこから、好きな鳥や、こよなく愛する古い名作アニメ、片付かない部屋の話へ。笑える日常のつぶやきから、少しずつ個人の声が混じり始めた。

数日後、Aがぽつりと言った。

「実は、ここ数年眠れないんです」

返信する B(以下 B とする)も、自身の不眠の告白と、仕事で感じる孤独を打ち明けた。二人は、不安と疲れを共有する夜の駆け込み寺になった。

やがてお互いの夢について語り始める A と B。

A が「いつか、自分の小さな本を出版したい」と告げれば、B は「田舎で小さなカフェを開いて、毎朝焼きたてのパンを出したい」と返した。夢は現実とはほど遠い。でもその不確かな言葉が、互いの心の灯りになり始めた。

ある夜、突然 B から質問が飛んできた。

「A さん、本当は今どこに住んでるか教えてもらえる?」

A はしばらく返信せず、そして答えた。

「……実は、今も実家暮らしです。都会に出たいけれど、家族のことがあって動けない」

B の文字が切なかった。「それでも夢を持ってるの、素敵ですね」と続けた。

それからしばらく、やりとりが途切れた。B は心配になり、深夜に再びログインしてメッセージを送ったが、A の返信はなかった。

数日後、A から短いメッセージが届く。

「ごめんなさい。嘘をついてました」

B は頭が混乱した。

「どこが?」

「実は、都会でもない田舎でもない。今、海外にいます」

A の告白全文はこうだった。

「数ヶ月前、仕事を辞めて海外へ移住しました。家族と距離を置くため、慣れない土地で、言葉もおぼつかない。でも、本当のことを隠すのが怖くなった」

B はぽつりと言った。

「君は、いつも夜に“今、この時”を話してくれてた。だから、知らない国でも安心して読んでた」

互いが嘘を隠しながらも、誰かを信じようとしていた事実。

そこから二人の関係はどう変わるのか。返信は届かず、しばらく経ったころ、B は新しい投稿を見かけた。

流れ星のツイートではなく、A が自分の描いた挿絵・見知らぬ海の風景を投稿していた。

キャプションには、

「言葉と場所は変わっても、ここでまた誰かに話しかけたい——」

とあった。

B は深夜、スマートフォンを握りしめた。

「A さん、返信いらないです。ただ……絵を描いてくれてありがとう」

ミュートされたアカウントへ、ただ静かに感謝を送るように。

真夜中にログインするたびに、言葉の嘘と真実が交差する。しかしそこには、誰かの孤独を癒す小さな灯りも確かに灯っていた。

幸福とは、正しさよりも、飾らない声と名前のない絆なのかもしれない。

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