大学生の紗季は、祖母の遺品整理をしていると、古ぼけた白い封筒に包まれた一枚のポラロイド写真を見つけた。ひまわり畑の中、背後に広がる夏の青空と、風に揺れる黄色い花々。そして淡い笑顔を浮かべる若い男女。祖母らしき女性と、もうひとりの青年。その写真には裏面に鉛筆で小さくこう綴られていた。
「昭和49年夏。永遠とは言えない日々だけど、永遠に忘れられない一日」
紗季は胸が熱くなった。仕事で失敗ばかりの毎日に疲れていたが、祖母の知られざる側面に誰にも語られなかった淡い恋の記憶が隠されていたのだ。
翌日、紗季はその場所を訪ねてみようと決意した。住所も地名も分からない。手がかりは写真だけ。ネットで検索し、古地図を眺め、写真の空とひまわり畑の様子が近い地方を絞り込んでいった。
夏の終わりかけた黄色のひまわり畑。そこは、たしかに写真の風景に似ていた。紗季は声をかけた。
「ここ、写真に似ていますか?」
畑のオーナーらしい老婦人が振り返りました。
「あら、よく覚えてるわね。ここはずっとひまわり畑を守っているの。昔はこの田んぼの持ち主がね、若い頃に撮られた写真なんじゃないかしら」
オーナーの言葉に紗季は胸が高鳴った。「祖母の写真なんです」そう言うと、老婦人の目に一瞬、驚きが走った。
「その青年、ご両親に似ているかもしれないわね。その夏、ここに撮影に来てた人がいたのよ。若い男女でね…」
日が傾きはじめた畑で、紗季は祖母が過ごした青春の一場面と重なる光を見つけた。老婦人に促され、小さな農家の記録帳をめくると、一行が目に飛び込んできた。
——昭和49年7月27日、写真撮影のため訪問。撮影モデル:高崎里美、佐藤健一。
祖母の名前と一致していた。
その夕暮れ、紗季は験するように、祖母の写真を見つめ、夕日の光にかざした。写真の中の男女もまた夕暮れの光を浴びていた。胸の奥に祖母の鼓動が響くような気配があった。
旅の宿で、紗季はノートを開いた。自分が今恋をしている人のこと。声が少し震えるけれど、心地よい想いも籠っている。祖母の夏に触れたことで、紗季もまた、自分にとって大切なものを確かめ始めていた。
翌日、地元のカフェで冷たいレモンティーを飲みながら、地図と写真と記録帳を重ねた。ありふれたひまわり畑の風景が、祖母の一瞬を閉じ込めた色と、紗季自身の「今」を繋げた。
都会に戻るころ、紗季の気分は静かに澄んでいた。写真はポケットにしまい、小さな紙袋に畑のひまわりの種を一袋詰めた。祖母の地元にあったその品種は、栽培が途絶えていたという。その種を誰かに育ててほしいという老婦人の願いだった。
大学のキャンパスで、恋人に種を渡すと、彼は笑って受け取った。
「一緒にひまわり畑を作ろうか?」
その言葉に、紗季は思わず涙がこぼれた。過去と未来を一花に託すような想いが胸に満ちた。
数か月後、二人は小さな庭に種を蒔いた。芽が出るまで夏はまだ遠いけれど、その日々は、祖母と紗季と恋人の〈ひまわり色の記憶〉を繋ぐ儀式だった。
ひまわりの咲く季節には、古いポラロイドのような淡い時間と、新しい日々が同じ空に重なっている。
それは、あの日の写真以上のものになっているはずだった。