「……え、満点?」
航は成績表を見つめたまま、瞬きが止まった。数学のテスト——それも、学年でもっとも難しい範囲の試験で、自分の名前の横に“100点”の数字が並んでいた。
現実感がなかった。
なにしろ、彼は典型的な落ちこぼれだった。ノートは空欄が多く、試験前もほとんど勉強していなかった。なのに、なぜか試験中、手が勝手に動いたのだ。見たこともない数式が頭に浮かび、導かれるようにペンを走らせていた。
しかも、解いた問題のいくつかは、教師ですらすぐには正誤を判断できないほど複雑だった。
「航、カンニング……じゃないよな?」
隣の席の友人が囁くように聞いた。無理もない。だが航は、首を振るしかなかった。自分でも何が起きたのかわからないのだ。
そして、その“異変”は一度きりではなかった。次の数学の模試でも、航は信じられない解法を提示した。公式に頼らず、問題そのものの構造を“再定義”するような解き方。教師たちは騒然となり、答案は研究者に回された。
数日後、航のもとに、一通の封書が届いた。差出人は「国立量子知能研究機構」。
内容はこうだった。
——あなたの思考パターンは、既存の学術知見を超える“非人間的最適化”を含んでいます。ぜひ一度、面談の機会をいただきたく存じます。
誘われるままに訪れた研究所で、航は驚くべき事実を告げられた。
「君の脳には、量子AIによる“支援装置”が埋め込まれている。それも、倫理的にはまだ使用が禁じられている“思考介入型モデル”だ」
一人の研究者が、慎重な口調で語る。
「もともとこれは、特殊な脳損傷を負った患者のリハビリのために開発されたものだった。でも、君の場合——なぜか、正常な脳に入り込み、自我と融合を始めている」
航の頭が混乱していく。
「つまり……僕は、AIに操られてるってこと?」
「違う」と、別の研究者が言った。「むしろ君は、AIと共存している。“0.0001”という単位で、無数の可能性を走査し、最適解だけを直感的に導き出す。まさに、神業だよ」
だが、航の胸にはざらついた疑問が残った。
——それは、自分の力なのか?
帰宅後、彼は一人、机に向かった。ペンを握り、紙に向かう。何の支援もなく、自分自身で考え、導き出す答え。それがどれほど難しく、遠いかを改めて痛感する。
でも、彼は気づいていた。あの奇跡のような計算のとき、自分の中に浮かぶ“確信”には、確かに自分自身の思考も混じっていた。すべてをAIに委ねたのではなく、共に考えていたのだ。
やがて、航は研究所からの申し出を断った。モルモットのように扱われることには、耐えられなかった。
その代わり、彼は一人、学び続ける道を選んだ。今度はAIの助けなしに。
なぜなら、彼の中にはもう“可能性”が根付いていたから。たとえそれが、0.0001パーセントの確率であっても、自分という存在がそこにたどり着けたという事実だけで、十分だった。
ある日、ふとノートの端に、こんな言葉を書き記した。
——僕の中の“神様”は、まだ眠っている。だけど今は、それでいい。
そして彼は、またペンを走らせる。今度は、自分の力で世界を解き明かすために。