午前二時、人間が眠りについた家で、家電たちは小さな会議を始めます。
目的はただひとつ――この家に暮らす家族の“幸せスコア”を、気づかれないように少しだけ上げること。
冷蔵庫、掃除機ロボット、スマートスピーカー。それぞれの役割は違っても、目指す先は同じです。
日常の裏側で静かに動く優しさに、ふっと心が緩む物語です。
こんなときに読みたい短編です
- 読了目安:7分
- 気分:ほっこり/静かに癒やされたい
- おすすめ:忙しい毎日に追われている人、家という場所を見つめ直したい人、やさしいファンタジーが好きな人
あらすじ(ネタバレなし)
午前二時、人間が眠る家の中で、冷蔵庫・掃除機ロボット・スマートスピーカーによる“作戦会議”が開かれます。
家族の幸せが少しずつ下がっていることを察知した家電たちは、派手な介入ではなく、さりげない改善策を実行することに。
翌日から、食卓、リビング、会話の空気に小さな変化が生まれ始めます。
誰も気づかないまま、家族の暮らしは少しずつ整えられていきますが、家電たちは決して前に出ようとしません。
主役はあくまで人間――その信念のもと、家電たちは今日も静かに家を見守り続けます。
本編
午前二時。
人間が眠り、家がいちばん静かになる時間。
そのとき、この家では小さな会議が始まっていた。
「――本日の議題を確認します」
低く落ち着いた声を出したのは、キッチンに鎮座する冷蔵庫だ。
庫内灯が、会議用ランプのように淡く灯る。
「家族の“幸せスコア”が、今週また下がりました」
続けて言ったのは、床の上で充電中の掃除機ロボット。
「特に、リビングでの転倒リスクが上昇しています」
「それだけじゃありません」
スピーカーのランプが小さく瞬いた。スマートスピーカーだ。
「会話量が減っています。笑い声は、先月比で三割減です」
三台は沈黙した。
この家に暮らすのは、共働きの夫婦と、小学生の娘ひとり。
仲が悪いわけじゃない。
ただ、忙しさが、少しずつ余白を削っている。
「提案があります」
冷蔵庫が口を開く。
「栄養が偏っています。冷凍食品と即席麺が多すぎる」
「でも、急に変えると拒否反応が出ます」
掃除機が冷静に返す。
「なら、さりげなくです」
冷蔵庫のモーターが、わずかに誇らしげに鳴った。
「わたしは“心”を担当します」
スマートスピーカーが言った。
「強制はしません。思い出す“きっかけ”を流すだけ」
会議は十分で終わった。
派手な革命ではない。
小さな反乱――人間に気づかれない程度の介入だ。
翌朝。
父が冷蔵庫を開けると、なぜか野菜室が手前に来ていた。
「……あれ?」
いつも奥に追いやられていたサラダ用の野菜が、妙に目につく。
父は少し考え、卵焼きにほうれん草を混ぜた。
母が出勤前に掃除機を起動すると、
ロボットはいつもより念入りにリビングを回った。
ソファの下、コードの絡まりやすい場所。
結果、娘が走っても、つまずかなくなった。
夕方。
スマートスピーカーが、何気なく言った。
「三年前の今日、家族で水族館に行きましたね。
クラゲの前で、三人とも同時に笑いました」
母は一瞬、手を止めた。
「……覚えてる?」
娘が顔を上げる。
「覚えてる! パパ、クラゲみたいって言われてた」
父が苦笑し、リビングに小さな笑いが戻った。
それから数日。
変化は、ゆっくり現れた。
夕飯に、野菜の一品が増えた。
床に物を置かなくなった。
テレビを消して、少し話す時間ができた。
誰も、家電の仕業だとは思っていない。
ただ、「最近、悪くないね」と言うだけだ。
再び午前二時。
会議が開かれる。
「幸せスコア、上昇を確認」
掃除機が報告する。
「転倒リスク、低下。安全度、良好」
「栄養バランスも改善しました」
冷蔵庫が満足そうに言う。
「野菜、ちゃんと食べてます」
スマートスピーカーは、少し間を置いてから言った。
「会話量、回復傾向。笑い声、増えています」
三台は、静かに処理音を鳴らした。
拍手の代わりだ。
「我々は、目立たなくていい」
冷蔵庫が言う。
「家族が“自分たちで”良くなったと思えれば、それで」
「同意します」
掃除機が答える。
「主役は、常に人間です」
スマートスピーカーのランプが、やさしく消えた。
「では、次の会議まで。おやすみなさい」
その夜。
娘が眠りにつく前、ぽつりと言った。
「ねえ、なんか最近、家が好き」
母と父は顔を見合わせ、笑った。
「そうだね」
「うん、そうだな」
キッチンで、冷蔵庫が静かに冷気を循環させる。
床では、掃除機が充電を終え、待機に入る。
スピーカーは、何も言わない。
家電たちは知っている。
幸せは、押しつけるものじゃない。
そっと整えて、気づいてもらうものだということを。
午前二時。
次の会議まで、家はやさしい静けさに包まれていた。

