【5分で読める短編小説】シャッターは、音で終わらない|閉店の先に続く、人と時間の物語

ドラマ

商店街が一斉にシャッターを下ろす、たった一日の記録。
若いカメラマンの視点を通して描かれるのは、「終わり」を写すはずの写真が、いつの間にか「これから」を映していく不思議な時間です。
静かな別れと、言葉にならない始まり。
夕方の少し落ち着いた時間に、ゆっくり味わってほしい一編です。

こんなときに読みたい短編です

  • 読了目安:5分前後
  • 気分:静かで余韻が残る/切なさの中に希望
  • おすすめ:何かを終えたばかりの人、変化の節目に立っている人

あらすじ(ネタバレなし)

商店街の全店舗が閉店する日、若いカメラマンの直人は「最後の瞬間」を記録するために通りを歩きます。
八百屋や文房具屋など、長年店を続けてきた人々を撮影し、その場で写真を印刷して手渡していく直人。
シャッターを切るたびに、終わりを迎えるはずの表情から、次の時間を思い描く気配が立ち上がっていきます。
やがて訪れる一斉閉店の瞬間は、通りに残る関係と記憶の存在を、静かに浮かび上がらせていきます。

本編

 その商店街は、昼でも少し薄暗かった。
 アーケードの天井に貼られた半透明の板は、長年の埃で光を柔らかく濁らせている。
 今日は、最後の日。
 夕方六時、全店舗が一斉にシャッターを下ろす。

 若いカメラマンの直人は、首から下げたカメラを握り直した。
 依頼は単純だ。
「閉店の瞬間を、記録として残すこと」

 だが、歩きながら気づいていた。
 この通りには、“瞬間”よりも、積み重なった時間の方が多すぎる。

 八百屋の前で、直人は足を止めた。
 店主は、木箱を丁寧に拭いている。

「写真、撮ってもいいですか」
「いいよ。どうせ今日で終いだ」

 レンズを向けると、店主は照れたように笑った。
「ここで四十年。終わるって実感、まだなくてな」
「終わりって、だいたいそんな感じですよね」

 直人はシャッターを切り、すぐに小型プリンターで印刷した。
 乾ききらない写真を差し出す。

「ほら、今日の一枚です」
 店主は写真を受け取り、しばらく黙ったあと、言った。
「……じゃあ、これは孫にやる」

 その一言で、写真は“記録”から“贈り物”に変わった。

 次は、文房具屋。
 ガラスケースの中に、値札の色あせた万年筆。

「次はどうされるんですか」
「決めてないよ。朝、起きなくていい生活を、まずやってみる」

 シャッター音。
 印刷。
 手渡し。

「終わりの写真なのに、なんだか始まりみたいだね」
 店主はそう言って、写真を胸ポケットに入れた。

 通りを進むほど、直人の手は忙しくなった。
 写真を撮り、印刷し、渡す。
 その場で見る人、誰かを呼ぶ人、黙って折る人。

 写真は不思議だった。
 “閉店”を写しているはずなのに、
 写るのは、これからどこへ行くかを考え始めた顔ばかりだ。

 午後五時五十分。
 商店街の中央に、人が集まった。
 直人も、最後の位置取りをする。

 カウントダウンは、誰が始めたわけでもない。
 時計の針が、静かに重なる。

 六時。

 ガラガラガラ——

 シャッターの音が、波のように連なった。
 一軒、また一軒。
 金属の擦れる音が、天井に反射し、通りを満たす。

 直人は、息を止めてシャッターを切り続けた。
 最後の一枚。
 レンズ越しに見えたのは、下ろされたシャッターの前で、互いに会釈し合う店主たちだった。

 印刷が終わるのを待つ間、直人は立ち尽くす。
 紙が吐き出され、最後の写真が現れる。

「みなさん」
 声が、少し震えた。
「今日の、最後です」

 写真は、あっという間に人の手へ渡っていった。
 誰かが言う。
「これ、家に飾るよ」
 誰かが笑う。
「次に会うとき、また撮ってくれ」

 人が散り、商店街に静けさが戻る。
 シャッターは、すべて閉まっている。
 でも、直人には分かった。

 終わったのは、営業だけだ。
 関係も、時間も、記憶も、続いていく。

 カメラを下ろし、空を見上げる。
 アーケードの外は、思ったより明るい。

 シャッターは音を立てて終わる。
 でも、始まりは、たいてい無音だ。

 直人は歩き出した。
 次に撮る写真のために。

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