#ジャンル:ミステリー
#トーン:ミステリアス
#登場人物:ラジオDJ
深夜2時、健太が担当する地方ラジオ局の番組「怪談ナイト」が始まった。普段は気軽なノリでリスナーから投稿された怖い話を読み上げ、時にはリクエスト曲を流すのが日課だ。けれど、この夜は少し違った。
「次のお便りは、『木下』さんからいただきました。」健太が台本を確認しながら読み始めると、女性の低くかすれた声が耳に届いた。
「これは実際に私が体験した話です……」
声が明らかに収録用の音声ファイルから流れてきていた。投稿者のメールに添付されていたものらしいが、どうもその声には冷たい迫力があった。彼女の語る内容は、地元のある廃墟となった旅館で起きた不可解な失踪事件についてだった。
「その旅館に泊まった人は、夜中に鏡の中に『もうひとりの自分』が現れる。逃げようとするたびに、その鏡の中に吸い込まれるんです……。」
その語りが終わる頃、健太は奇妙な既視感を覚えた。彼女が語った旅館の名前は「菊乃屋旅館」。健太が子供の頃に行方不明になった友人が最後に目撃された場所と同じだった。
「まさか……」
健太は放送終了後、すぐにその投稿者のメールアドレスに返信を送ったが、エラーで戻ってくるばかりだった。彼は自ら真相を突き止める決意をし、友人の失踪事件を調べ直した。その結果、菊乃屋旅館にはかつて、鏡職人が滞在していたことが判明する。職人は事故で命を落としたが、旅館に残した「特別な鏡」が未だ廃墟の中にあるらしい。
友人たちと共に旅館を訪れると、内部は荒れ果てていたが、不思議と鏡だけは割れることなく残っていた。健太がその鏡を覗き込むと、鏡の奥に自分とそっくりな影が動いているのが見えた。影は健太に向かって手を伸ばし、言葉にならない声で何かを叫んでいる。
「助けてくれ……」
その声が子供の頃に失踪した友人のものだと確信した健太は、恐怖を振り払って鏡に手を伸ばした。だが次の瞬間、視界が真っ暗になり、気づけば健太は真夜中の放送ブースに戻っていた。
机の上には、一枚の古びた鏡が置かれていた。それはあの旅館の鏡だったが、友人の姿はどこにも見当たらなかった。何が起こったのか説明のつかないまま、健太は再びリスナーの声に耳を傾ける夜を迎えることとなった。