#ジャンル:日常
#トーン:心温まる
#登場人物:高校生
部活の練習が終わると、光はいつも自転車を走らせて、小さな喫茶店に向かった。駅前の路地裏にひっそりと佇むその店は、「アールグレイ」と名付けられている。古い木製の扉を押し、鈴がカランと響くと、漂ってくる紅茶の香りが、今日も一日を終えた証のように感じられた。
「いつもの?」
カウンターに立つ店主の奥さんが、光に笑顔を向ける。
「はい、お願いします。」
席に着くと、テーブルには何冊かの雑誌が置かれていた。その中に混じって、いつも必ず読みかけの本を広げている人物がいる。蓮だ。大学生の彼は、この喫茶店の常連客で、いつも窓際の席に座っている。初めて話したのは、光が注文したミルクティーについて尋ねられたときだった。
「あのさ、紅茶にこだわりあるの?」
「えっと、そういうわけじゃないんですけど、このミルクティーがすごく落ち着くんです。」
それ以来、蓮は光に話しかけるようになり、いつの間にか二人は「放課後の喫茶店仲間」になった。蓮は哲学を専攻していると言って、難しそうな本を読んでいるが、時々その一節を光に教えてくれる。
「この一文、すごく好きなんだよね。」
蓮が微笑んで見せたページには、こう書かれていた。
“未来とは、今を積み重ねた先にしかない。”
光は、ふとその言葉を口に出してみた。未来という言葉が、遠いようで近い。
「光くんは将来、何になりたいの?」
蓮の問いに、光は少し驚いた表情を見せたが、しばらくして答えた。
「うーん、まだはっきりとは決めてないです。でも、何かを作り出す仕事をしたいなって思います。」
「いいじゃん。それなら、きっとこの先楽しいことがたくさんあるよ。」
その日から、光は蓮との会話を通じて、自分の夢について少しずつ考えるようになった。喫茶店で飲むミルクティーは、ただの飲み物ではなく、毎日の心のリセットと、未来への扉を開く小さな鍵のように感じられた。
ある夕暮れの日、蓮は突然こんなことを言った。
「僕、来月から海外に行くことになったんだ。ちょっと遠くなるけど、また会おうよ。」
「海外ですか!すごいですね。」
光はその知らせに驚きながらも、心の中で何かがはじける音を感じた。
それから数週間後、蓮が旅立つ日。喫茶店での最後の会話が、光にとって大切な宝物になった。ミルクティーを飲みながら、蓮がこう言った。
「夢を話すって、恥ずかしいことじゃない。自分の未来を信じるってことだからね。」
蓮がいなくなった後も、光は放課後になると喫茶店を訪れる。そしてミルクティーを飲みながら、蓮がくれた言葉を思い出して、自分の夢を形にしていこうと心に決めた。