暗闇の中の足音

ホラー

#ジャンル:ホラー
#トーン:緊張感
#登場人物:高校生

雨が強くなるたびに、窓を叩く音が鋭さを増していった。その夜、廃病院の門をくぐったのは高校生四人組だった。リーダー格の翔太が手に持つ懐中電灯が、古びた看板に「○○市立中央病院」と刻まれているのを照らし出した。かつて地域の中心だったこの病院は、十数年前に閉鎖されて以来、心霊スポットとして噂されていた。

「まじで入るのかよ?」
クラスメイトの健太が足元を気にしながら言った。雨のせいで靴底が滑るたび、彼の表情は曇る。
「ビビってんのか?」翔太が笑った。「噂はただの噂だって証明してやるよ」
「証明する必要あるのかよ……」と呟くのは由美。彼女は、廃墟の冷たい空気に早くも後悔を滲ませていた。

最後尾には、美香がスマートフォンを構えていた。撮影しながら、「これ、投稿したらバズるよね」と興奮していた。彼女の無邪気さが、場の緊張をほんの少しだけ和らげていた。

彼らは崩れかけた扉を押し開け、中へ足を踏み入れた。湿った空気と錆びた金属の匂いが鼻を突く。「うわ、臭っ!」健太が顔をしかめた。
「静かにしろよ、声が響く」翔太が窘めたが、その瞬間、奥の方から微かな音が聞こえた。

カツ、カツ、カツ……。
それは確かに足音だった。人のものにしては不規則で、床を引きずるような音も混ざっていた。

「……誰かいるの?」由美が声を震わせた。
翔太が懐中電灯を音のする方へ向ける。だが、そこに映ったのは荒れ果てた病室の扉だけだった。

「気のせいだよ」翔太が言うが、彼自身の声にも自信がない。健太が何かを言いかけた瞬間、突然、由美のスマートフォンが大音量で鳴り響いた。
「やだ、やだ、やだ!」由美は慌てて音を止めたが、全員が気付いていた。誰もボタンを触っていないはずのスマートフォンが、勝手に動き出したのだ。

「帰ろう、もう帰ろうよ!」健太が叫んだ。その言葉を待っていたかのように、突然建物全体が軋む音を立てた。

カツ、カツ、カツ。
足音がまた響く。今度はもっと近い。翔太が再び懐中電灯を振り向けると、廊下の奥、闇の中に何かが見えた。背中を丸めた人影……のように見えた。

「……行くぞ」翔太が呟いたが、誰も動けなかった。その場に張り付くように立ち尽くす彼らの前で、影は徐々に形を変え、光の中で不気味に揺れ始めた。

一瞬の沈黙の後、由美が声を上げて走り出した。それを合図に全員が我先にと出口を目指して駆け出す。だが、翔太がふと気付いた。健太の姿が見えない。

振り返った先、闇の中に彼の名前を呼ぶ翔太の声が空しく響く。雨音の中に混ざる足音は、いつまでも止まなかった。