消えゆく街角

SF

#ジャンル:ミステリー
#トーン:幻想的
#登場人物:記憶を失った青年

 アキラは見知らぬ街角に立っていた。目の前には、薄暗い街灯がぼんやりと光を投げかけ、まるで彼を誘うように揺れている。だが、ここがどこなのかはっきりと思い出せない。舗装された道路、懐かしげに佇む古い店、そして周りの人々の視線──すべてに既視感がある。アキラは不安とともに、どこか心の奥が温かくなるのを感じていた。

「ここは……どこなんだろう?」

 通りかかった中年の男性が足を止めて、彼を見つめる。アキラは気まずい気持ちになり、立ち去ろうとしたが、男性がふと微笑んだ。「迷子かい? こんな場所でぼんやりして、帰り道が分からなくなったのか?」

「いえ、ここがどこか分からないだけで……でも、何だかすごく懐かしい感じがして」

「そうか。きっと大切な場所なんだろうよ」

 その言葉にアキラは頷き、街を歩き始めた。通り沿いには、昔通ったような古い本屋や喫茶店が並んでいる。そのいずれも、心の奥深くに眠る断片的な記憶と重なり合うのだった。アキラが手を伸ばせば、すべてが鮮明に思い出せるかもしれないが、掴もうとすると一瞬で消えてしまう。

 通りを曲がると、ふと小さな公園が目に入った。ベンチやブランコ、枯れかけた花壇が見える。小さな少年が母親の手を引き、楽しそうに笑っている姿が目に留まる。どこかで見た光景だ、とアキラは思ったが、思い出せない。ふいに風が吹き、視界がかすみ始めた。まるで何かが少しずつ消えていくようだ。

「この街が消えちゃうのか?」

 アキラは不安に駆られ、立ち尽くした。そこに、すれ違いざまの老婦人が声をかけてきた。「あら、どうしたの?」

「この街が、少しずつ消えている気がして……」

 老婦人は優しい笑みを浮かべてアキラを見つめる。「あら、それは不思議なことね。でも、記憶の中の街って、そんなものよ。思い出そうとするたびに消えてしまうこともあるわ」

 アキラはその言葉に戸惑いつつも、しばらく婦人と話し込んだ。彼女の声には、どこか懐かしさが感じられる。やがて、アキラは静かに頷いた。

「この街は、僕の記憶の中の街だったんだ」

 アキラが確信をもってつぶやいた瞬間、公園の景色がゆっくりと薄れていく。小さな花壇、ベンチ、そしてブランコ──それらが、まるで朝靄に包まれるように消えていくのがわかった。目の前の老婦人も、静かに微笑みながら彼に別れを告げる。

「ありがとう。大切な記憶を取り戻してくれて」

 そう言って、老婦人はアキラに手を振り、消えていった。アキラは、彼女が自分の過去の記憶の象徴であったことに気づき、目頭が熱くなるのを感じた。

 気づけば彼は現実の街に戻っていた。あたりには人々の賑わいが戻り、目の前の光景は現実そのものだ。心の奥には、失われた記憶の温かさが残っていた。アキラは静かに微笑むと、街の喧騒をあとにして歩き出した。今度こそ、新しい未来へと向かうために。