未来を見失った占い師

ファンタジー

#ジャンル:ファンタジー
#トーン:謎めいた
#登場人物:占い師

薄暗い商店街の一角にある占い館「月影堂」。その扉を開けると、埃っぽい香りと、天井から吊るされた無数のタロットカードが出迎える。この館の主、占い師の月影は、奇妙な占い方法で評判だった。普通の占い師が使う水晶やタロットではなく、月影は日常の些細なもの――例えば茶葉の浮かび方や通り雨の跡形――を使って未来を言い当てる。彼の占いは、不可解だが当たると口コミで広まり、ひっそりと繁盛していた。

しかし、彼自身には大きな秘密があった。月影は自分の過去を覚えていない。そして、自分の未来だけは一切占うことができなかった。それを知るのは彼自身だけ。記憶を失った理由を知る手掛かりもなく、ただ日々を過ごしていた。

ある日、占い館の扉が静かに開いた。現れたのは中学生くらいの少女だった。背中に古いランドセルを背負い、どこか疲れたような表情をしている。
「失われた記憶を占ってほしいんです」
月影は一瞬驚いた。この依頼は過去にも何度かあったが、記憶を占うことは簡単ではない。しかも、彼自身がその痛みを誰より知っている。
「何か特別な理由があるのかい?」
少女は少し俯き、呟いた。
「お母さんの記憶を探してほしいんです。事故で記憶を失ってから、私のこともわからなくなって……」

その話を聞きながら、月影の胸に微かな痛みが走った。彼の頭に浮かぶのは、自分が過去を失った時の断片的な感覚。理由もわからないまま、一切の繋がりが断たれたあの喪失感だ。
「分かったよ。けれど、これは簡単な占いじゃない。君の協力が必要だ」
少女は強く頷いた。こうして、二人の不思議な占いが始まった。

占いに使ったのは、雨上がりの水溜まりだった。月影は少女に歩き回らせ、その足跡がどのように水を弾くかを観察した。次は風に舞う落ち葉。それが何度も旋回する様子に耳を傾けた。
「彼女の記憶の中に、君との思い出が消えずに残っている兆しがあるよ。でも、その記憶を繋ぎ直すには、君がもっと強く願う必要がある」
月影の声は、いつも以上に優しい響きを帯びていた。

一緒に過ごすうち、少女の明るさが月影の閉ざされた心を少しずつ溶かしていった。彼女が持つ無邪気な笑顔や真っ直ぐな言葉が、月影にどこか懐かしい感情を呼び起こしていた。

占いを進めていく中で、月影は次第に少女の母親の記憶を追い始めるが、それに伴い、奇妙なビジョンが自分の脳裏に浮かび始めた。それは、自分の失われた過去と絡み合うようにして見える、かつての家族らしき存在。
「まさか……」
月影は愕然とした。少女の母親の顔が、記憶の奥にあった微かな影と一致していたのだ。

「君のお母さんと、私は知り合いだったかもしれない」
少女は驚きの表情を浮かべたが、月影の声に嘘はなかった。

真実が少しずつ明らかになる中、月影は少女の母親に直接会う決心をした。再会の瞬間、彼女の瞳には一瞬の光が宿った。そして、母親は月影を見て、ただ一言こう言った。
「あなた……」

その瞬間、月影の頭の中に失われた記憶が溢れ出した。彼は彼女を愛していた。そして、彼女が事故で記憶を失い、自分自身も彼女を守るために全てを忘れることを選んだのだ。

運命は奇妙に絡み合っていた。記憶を取り戻した月影は、自らが占い師として生きてきた理由を初めて理解した。そして、少女と母親の関係を繋ぎ直した後、彼もまた新しい人生を歩む決意を固めた。