#ジャンル:日常
#トーン:懐かしい
#登場人物:大学生
蝉の声が耳を打つ暑い午後、遥は祖父母の家の縁側に腰を下ろして、揺れる風鈴をぼんやりと見つめていた。
「これが最後か……」
そう呟き、麦茶の入ったコップを一口。大学を卒業したら、都会で就職する。ここで過ごす夏は、もう来ないかもしれない。
祖父母の家から少し歩いた先にある古びたアイスクリーム店。幼い頃、毎日のように通った場所だ。最後にもう一度食べておこう、と遥は店へ向かった。
店の入り口にかかった「営業中」の看板。木の扉を押すと、かつてと変わらないひんやりとした空気と、甘い香りが迎えてくれる。カウンター越しには、相変わらず優しそうな店主のおじいさんが立っていた。
「おや、遥ちゃんじゃないか! 久しぶりだねぇ。」
「こんにちは。まだお店やってたんですね。」
「そりゃあ、このアイスを待ってくれてる人がいるからね。夏だけの限定営業だけどね。」
懐かしさが胸に広がる。ショーケースには昔と同じように、手作りのカラフルなアイスが並んでいた。遥は迷うことなく、幼い頃一番好きだったバニラと抹茶のミックスを注文した。
アイスを手に店内の席に腰を下ろすと、扉がまた開き、誰かが入ってきた。目を向けると、そこには奏がいた。中学を卒業して以来会っていない幼馴染だ。
「奏?」
「遥?」
二人はしばし目を見合わせた後、同時に笑った。奏は少し日焼けした肌に白いシャツを着ていて、昔よりも少し大人びて見えた。
「こんなところで会うなんてな。まだ地元にいたのか?」
「夏休みで帰ってきただけ。奏こそ、ここに戻ってたんだ。」
「まあな。実家の畑、手伝わないと親に怒られるから。」
そんな何気ない会話を交わしながら、二人は並んでアイスを食べた。涼しい店内に、ゆっくりと時間が流れる。
話題が尽きないまま、二人は店を出て、川沿いの道を歩いた。蝉の声と、遠くで鳴く風鈴の音が響いていた。
「覚えてる? 昔、ここの川でザリガニ捕まえてたこと。」
遥が笑いながら言うと、奏も「覚えてるさ。お前が水に落ちて泣いてたの、鮮明に覚えてる。」と返した。二人は声を上げて笑った。
ふと、奏が立ち止まった。
「お前、就職決まったんだろ?」
「あ、うん。東京の会社。」
「やっぱり都会に行くんだな。」
奏は少し寂しそうに笑い、川の流れに目を向けた。遥も同じように川を見つめた。どこか遠くへ続くように見えるその流れは、自分の未来と重なって見えた。
「奏は、これからどうするの?」
「このまま地元に残るよ。畑を継ぐって決めたから。」
遥はその言葉に少し驚いたが、彼の穏やかな横顔を見て、それが彼なりの決意なのだと感じた。
別れ際、奏が言った。
「都会に行っても、たまには帰ってこいよ。あのアイス、一緒に食べられるのはお前くらいだからさ。」
「……うん、約束する。」
遥は小さく笑い、手を振った。奏も手を振り返し、川沿いの道を戻っていった。
その背中を見送りながら、遥は心にぽっと灯るものを感じていた。幼い頃の思い出も、ここでの時間も、全部が自分を支えている気がした。たとえ離れても、この場所はいつでも戻ってこれる「居場所」なのだ。
都会へ戻った後も、遥は時々アイスクリーム店のことを思い出した。あの涼しい店内と甘い香り、そして奏の笑顔。彼との再会は、自分の中の大切なものを再確認させてくれた。
数年後、久しぶりに地元へ帰った遥は、またあのアイスクリーム店の扉を開けるだろう。その時はきっと、隣に奏がいて、変わらない笑顔で迎えてくれるに違いない。