#ジャンル:ドラマ
#トーン:切ない
#登場人物:父と子
冬の澄んだ空気の中、父と息子を乗せた一台のセダンが、ゆっくりと街を離れていく。
「久しぶりのドライブだな、直人」
助手席に座る父・浩一は、懐かしそうにフロントガラス越しの風景を眺めていた。運転席の息子・直人はハンドルを握りしめ、わずかに笑みを浮かべる。
「そうだね。こうして二人で出かけるの、いつ以来だろう」
「お前が大学に入る前だから、もう十年以上か」
浩一の声には、どこか懐かしさと寂しさが混じっていた。直人は気づかないふりをしながら、カーステレオのボリュームを少し上げた。流れるのは、昔父がよく口ずさんでいた70年代のフォークソング。
二人の目的地は、かつて家族でよく訪れた海辺の町だった。
「お前、小学生の頃、ここのサービスエリアでソフトクリームばっかり食べてたな」
車を止めた浩一が、懐かしそうに微笑む。
「そんなこともあったっけ?」
直人は気恥ずかしそうに笑うが、実は彼もこの場所のことをよく覚えていた。父と母、そして幼い自分が無邪気に過ごした日々。あの頃は、家族みんなが一緒にいることが当たり前だった。
だが、時は流れ、母が亡くなり、直人は仕事に追われ、浩一は一人静かに老いていった。
「母さんがいたら、また三人で来れたのにな」
浩一の言葉に、直人は不意に胸が痛んだ。
「……そうだね」
浩一はソフトクリームを一口かじり、目を細める。しばらくの沈黙の後、彼はポツリと呟いた。
「直人……俺さ、医者に言われたんだ。あと半年くらいだって」
直人の手がピタリと止まる。
「……嘘だろ?」
「嘘だったらよかったんだけどな」浩一は淡々と語る。「だから、どうしてもお前と、もう一度この道を走りたかったんだ」
直人はハンドルに手を置いたまま、深く息を吐いた。
「なんで……もっと早く言わなかったんだよ」
「言ったら、お前は仕事を辞めて俺のそばにいるだろう?そんなこと、させたくなかったんだ」
父の言葉に、直人は言葉を失った。
その後、二人は昔訪れた海岸線を走り、家族旅行の思い出をたどった。父が元気だった頃の思い出が、まるで昨日のことのように鮮やかによみがえってくる。
夕暮れの海を眺めながら、浩一はふと笑う。
「お前、昔ここで貝殻を集めて、母さんにあげてたな」
「……覚えてるよ。母さん、嬉しそうにしてた」
「そうだな……。お前は、あのときから優しい子だったよ」
直人は黙ったまま、夕日を見つめる。その光の向こうに、もう会えない母の姿がぼんやりと浮かんだ。
「父さん、俺……お前に何かしてやれたかな?」
浩一は微笑み、息子の肩を軽く叩いた。
「お前が元気でいてくれることが、何よりの親孝行さ」
静かな波音が、胸の奥を切なく締めつける。
帰り道、直人は浩一に尋ねた。
「……父さん、またこの道を走りに来ようよ」
浩一は少し驚いたように息子を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「……そうだな。また、来よう」
直人はその言葉に安堵しながら、ゆっくりとアクセルを踏み込む。
今日のドライブは、最後ではない。そう信じたかった。
長い一本道の先、ふたりの未来は、まだどこかで続いている気がした。