#ジャンル:ドラマ
#トーン:ハッピーエンド
#登場人物:シングルマザー
夜のコンビニのレジで、奈々は疲れた目をこすった。長時間の立ち仕事に加え、昼は清掃の仕事もしている。すべては、娘・美咲の治療費を稼ぐためだった。
「お先に失礼します」
交代の店員に声をかけ、コンビニを出る。冬の風が頬を刺し、奈々はコートの襟を立てた。帰宅しようと足を踏み出したその瞬間、不意に名前を呼ばれた。
「奈々」
振り向くと、そこに立っていたのは翔だった。かつて愛した人。美咲の父親。
「……どうしてここに?」
「お前のことを聞いた。娘が病気だって……俺にも手伝わせてくれ」
奈々は驚き、そして困惑した。翔とは五年前に別れた。美咲が生まれると知ったとき、彼は責任を負う覚悟がなかったのか、去って行ったのだ。その彼が今さら、何を――。
「今さら何を言ってるの? あなたには関係ない」
「違う。俺は逃げた。でも、今度こそちゃんと向き合いたい」
奈々は翔を拒もうとしたが、美咲の治療費が足りないのは事実だった。彼の申し出を無視する余裕などなかった。
「……わかった。でも、これは美咲のためよ」
「ありがとう」
それから翔は、奈々と美咲のために奔走した。昼は配送の仕事、夜は居酒屋の厨房。寝る時間も惜しんで働く姿を見て、奈々は少しずつ彼を信じるようになっていった。
美咲もまた、父の存在を喜んでいた。病院のベッドで、翔が絵本を読んであげると、嬉しそうに笑った。
「パパ、もっと読んで!」
「しょうがないなぁ」
そんな穏やかな時間を過ごすうち、奈々の心にはかつての想いが蘇っていた。翔の温かさ、優しさ――彼のそばにいると、心が軽くなる。
「また好きになりそうで、怖い……」
奈々はこっそり呟いた。しかし、翔の行動は本物だった。彼は二度と逃げなかった。
そして迎えた手術の日。奈々は祈るような気持ちで手術室の前に立ち尽くしていた。翔がそっと手を握る。
「大丈夫。美咲は強い」
「……うん」
長い時間の末、手術は成功した。医師の言葉を聞いた瞬間、奈々はその場に崩れそうになり、翔の腕に支えられた。
「良かった……ほんとに……」
「奈々、ありがとう。お前がずっと頑張ってくれたからだ」
彼の言葉に、胸が熱くなった。
数週間後、美咲は無事退院した。奈々と翔は並んで彼女を迎えた。
「パパとママと、一緒におうちに帰れるんだね!」
美咲の笑顔に、奈々と翔は顔を見合わせる。そして、奈々は決意した。
「翔……これからも、私たちと一緒にいてくれる?」
「もちろん。もう二度と離れない」
手を繋いだ三人の先に、新しい未来が広がっていた。