星々の囁き

SF

#ジャンル:SF
#トーン:切ない
#登場人物:研究者

 惑星ノクス・βの夜空は、地球とは違った美しさを持っていた。空には、星のように漂う無数の光の粒。それらは音もなく浮遊し、風に乗って流れていく。しかし、ある一定の場所では、その光がかすかに「囁く」ように聞こえるのだ。

 ——私たちの声が、聞こえる?

 それを最初に感じたのは、惑星移住計画に参加した若き研究者・エリスだった。

「そんなもの、ただのプラズマ現象だろう。」

 政府の上層部は、エリスの仮説を一笑に付した。しかし彼女は諦めなかった。囁き声はランダムではなく、一定のリズムとパターンを持っていた。まるで、何かを伝えようとしているかのように。

 エリスは、密かに録音機を設置し、解析を試みた。そして、ある日驚くべき事実を発見する。

 「音波の間隔が、古代地球のモールス信号に似ている……?」

 彼女は夜通し解析を続けた。光の粒が発する囁きは、どうやら言語のような構造を持っていた。もしこれが生命体の意志ならば、ノクス・βには既に”何者か”が存在していることになる。

 しかし、その研究を政府に報告した途端、彼女は公式調査から外された。

 「惑星開発に影響を与えるデマを流すな」

 そう言われ、研究データは没収された。それでも、エリスは諦めなかった。彼女は単身、夜の砂漠へと向かい、光の粒の中心に降り立った。

 その夜、エリスは”彼ら”と対峙した。

 目の前の光の粒が、密集し、渦を巻くように動く。すると、彼女の脳に直接、声が響いた。

 ——ようやく、気づいたのですね。

 彼女は息をのんだ。

「あなたは……何者?」

 ——私たちは、この星の”記憶”。あなたたちが来るずっと前からここにいた。

「記憶……?」

 ——私たちは、かつての文明の意識。肉体を捨て、光となり、この星に溶けた。今もこうして、語り続けている。

 エリスの手が震えた。もしこれが事実ならば、人類はすでに”誰かの故郷”を侵略していることになる。

「なぜ……あなたたちは私たちに危害を加えないの?」

 ——かつて、私たちも同じ過ちを犯したから。あなたたちの行く末を、見守るつもりだった。だが……そろそろ決断の時が来た。

「決断……?」

 光の粒が、彼女の周囲を包み込む。

 ——”選択”をしなければならない。あなたたちは、この星と共に生きるか、それとも滅びるか。

 その言葉が終わると同時に、夜空が揺れた。

 遥か彼方の大地で、巨大な光が弾けた。

 それは、惑星開発のための採掘作業による爆発だった。

 エリスは急いで基地へ戻り、上層部に警告を発した。しかし、彼らは耳を貸さなかった。むしろ、彼女の研究データが外部に流出することを恐れ、彼女を拘束しようとした。

「彼らは、この惑星の意識体なのよ!私たちの行為が、彼らを怒らせている!」

「馬鹿げたことを!」

 しかし、その直後——ノクス・β全土で異変が起こった。

 光の粒が、一斉に輝きを増し、耳をつんざくような囁きを発した。それは怒りの声だった。

 ——”侵略者”よ、決断の時だ。

 次の瞬間、大地が揺れ、空が裂けた。

 惑星そのものが、人類を拒絶し始めたのだ。

 エリスが目を覚ました時、彼女は宇宙船の中にいた。

 惑星ノクス・βは、光の渦に包まれ、まるで意思を持ったように揺らめいていた。人類のコロニーは破壊され、わずかに生き残った者だけが脱出に成功していた。

 「……彼らは、私たちを許さなかったのね。」

 だが、エリスは一つだけ確信していた。

 ——彼らは、本当に滅びたのだろうか?

 宇宙の闇の向こうで、まだ光の囁きが聞こえた気がした。

 それはまるで、次の出会いを待っているような——。