永久図書館の司書

ファンタジー

#ジャンル:ファンタジー
#トーン:ミステリアス
#登場人物:司書

 世界のすべての書が収められているという伝説の図書館──「永久図書館」。
 それは公的な記録には一切存在しない。しかし、一部の学者や文献の中には、地下の迷宮のような書架に果てしなく本が並ぶという話が残されていた。そこでは、過去に書かれたすべての書物はもちろん、未来に書かれる本さえも所蔵されているという。

 レイは、その都市伝説の中にあるはずのない「永久図書館」に、新人司書として採用された。採用試験は存在せず、ある日、彼の手元に差出人不明の招待状が届いた。それを手にした瞬間、彼は図書館の入り口に立っていた。まるで夢のようだったが、確かに彼はそこで司書としての役割を与えられた。

 入館して最初の一週間、レイは圧倒的な書物の量に驚かされ続けた。歴史書、哲学書、失われたはずの写本、まだ世に出ていない新作の小説まで──そのすべてが静謐な空間に並び、まるで書物自体が呼吸しているようだった。

 ある日、彼は棚を整理している最中に、ふと一冊の本を見つけた。革張りの表紙には、金文字で書かれたタイトルがあった。

 『レイ・フィルデスの未来』

 その瞬間、彼の心臓は大きく跳ねた。
 自分の名前が刻まれた本がある──それが何を意味するのか、考えるまでもなかった。

 震える手で本を開くと、そこには彼のこれまでの人生が正確に綴られていた。そして、ページをめくるごとに、現在を超えて未来が記されていた。

 ──あと三日後、レイ・フィルデスは永久図書館の「書物」となる。

 ページの最後に、そう書かれていた。

 「書物、になる……?」
 レイは息をのんだ。意味がわからない。死ぬ、ということなのか? それとも、別の何かに変えられるのか?

 恐怖と混乱が入り混じる中、彼は本を閉じた。その瞬間、静かな足音が響く。

 「……見つけてしまったのですね」

 振り返ると、そこには図書館の司書長が立っていた。彼はいつも謎めいた笑みを浮かべている男で、名前すら知られていない。ただ「司書長」と呼ばれていた。

 「司書長、この本は……」
 レイが言葉を探す前に、司書長はゆっくりと語った。

 「永久図書館に記された未来は、決して変えられません」
 「……そんなことが」
 「あなたが未来を書き換えようとしても、無意味なのです。なぜなら、あなたがそれを試みることすらも、すでに記されているからです」

 レイの背筋に寒気が走った。自分が本を開いたこと、それを読んだこと、未来を変えたいと願うこと──すべてが、すでに「書かれていた未来」だというのか。

 だが、諦めるわけにはいかない。彼は未来を知ってしまった。ならば、それを回避する道もあるはずだ。

 「それでも……」レイは意を決して口を開く。「もし、未来を書き換える方法があるとしたら?」

 司書長は、深い溜息をついた。

 「あなたがこの図書館の”書物”になるという未来を変えたければ、たった一つの方法があります」

 「なんですか?」

 司書長は静かに、しかし確かに言った。

 「あなた自身が”物語”になればいい」

 「物語に……?」

 「未来を記されたまま終わるのではなく、あなたが自ら新たな物語を書き続けるのです。書かれた通りに終わるのではなく、新たな章を綴り続ける者だけが、この図書館の束縛から逃れることができる」

 レイは言葉を失った。
 司書でありながら、彼自身が物語を紡ぐ存在になれというのか? それが何を意味するのか、まだ分からない。

 「さあ、選びなさい」
 司書長の声が静かに響く。

 未来を受け入れ、書物となるか。
 それとも、物語の語り手として生き続けるか。

 レイは震える手で、未来を記した本を閉じた。
 答えはまだ出ていない。しかし、彼は確かに”自分の物語”を始める決意をした。