#ジャンル:ホラー
#トーン:不気味
#登場人物:会社員
佐藤は平凡な会社員だった。
毎日決まった時間に出勤し、定時になれば帰宅する。特に大きな野望もなく、平穏な生活が続けばそれでいいと考えていた。
そんな彼の日常に変化が訪れたのは、隣の部屋に住む男・斉藤と親しくなった時からだった。
ある夜、ゴミ捨て場でばったりと顔を合わせたのが最初だった。
「こんばんは」
気さくに挨拶すると、斉藤も「どうも」と微笑んだ。互いに一人暮らしで、部屋の間取りも同じ。年齢も近く、すぐに意気投合した。
斉藤は社交的で、話していて心地よい男だった。仕事の愚痴や、休日の過ごし方、趣味の話など、気づけば何時間も語り合うことがあった。
だが、ある日ふとした違和感が芽生えた。
それは、鏡の前で髭を剃っていた時のことだった。
自分の顔を見つめるうちに、ふと気づいた。
──斉藤と、顔が似すぎている。
いや、似ているというレベルではない。まったく同じなのだ。
眉の形、頬の骨格、目元のシワに至るまで。まるで、鏡に映した自分を見ているようだった。
急にゾッとした。そんなはずがない。
今まで彼の顔を見ても何も感じなかったのに、なぜ今さら気づいたのか?
「まさか……」
佐藤は疑念を拭えぬまま、斉藤について調べることにした。
だが、奇妙なことに気づく。
斉藤の個人情報が、どこにもないのだ。
SNSを探しても、勤務先を尋ねても、彼の存在を示すものが見当たらない。まるで、彼はこの世に存在しない人間のようだった。
焦燥感が募る。どういうことだ? そもそも、彼は本当に”斉藤”なのか?
そんな疑問が限界に達したある晩、佐藤の部屋のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこには斉藤が立っていた。
「……話がある」
静かに部屋へ招き入れると、彼はソファに腰を下ろし、真剣な表情で口を開いた。
「そろそろ交代の時間だ」
佐藤の心臓が跳ねた。
「……交代?」
「気づいたんだろう?」斉藤はゆっくりと微笑む。「お前は”佐藤”という役割を与えられた存在なんだ」
何を言っているのか、理解できなかった。
「俺たちは、定期的に入れ替わるんだ。お前が俺になり、俺が新しいお前になる」
意味がわからない。だが、言葉の奥に潜む”確信”が、佐藤を恐怖に陥れた。
「そんなバカな話があるか!」
「お前は、自分の過去を本当に覚えているか?」
その問いに、佐藤は返事ができなかった。
確かに、自分の生い立ちを思い出そうとすると、どこか曖昧だった。
いつからこのアパートに住んでいたのか。どんな学生時代を過ごしたのか。
なぜか、はっきりしない。まるで”作られた記憶”のように。
「……嘘だ」
「信じたくないのはわかる。でも、現実だ」
斉藤は立ち上がり、佐藤の肩にそっと手を置いた。
「次は、お前が”新しい俺”になる番だ」
佐藤は逃げようとした。だが、体が動かない。まるで見えない糸で操られているように、徐々に意識が遠のいていく。
最後に見たのは、目の前に立つ”自分”だった。
「また、次の交代の時まで」
斉藤──いや、新たな”佐藤”が微笑んだ。