#ジャンル:ファンタジー
#トーン:シリアス
#登場人物:少女
村の中央にそびえ立つ時計塔は、長らく動きを止めていた。誰もその理由を知らなかったが、古くから「時計塔には触れるべからず」という暗黙の掟があった。村の人々はそれを守り、やがて塔の存在すら意識しなくなっていた。
だが、17歳のエリスは違った。幼い頃に両親が突然失踪し、祖母と二人で暮らしていた彼女にとって、止まった時計は失われた過去そのものだった。「村の時間が動かないのは、時計塔が止まっているからだ」と、彼女は本気でそう信じていた。
ある日、エリスは祖母の目を盗み、塔の扉を押し開けた。錆びついた鉄の扉がきしみ、埃っぽい空気が顔を撫でた。中に入ると、歯車とバネで構成された巨大な機械が姿を現した。それは見たこともないほど複雑で、埃にまみれてはいたが、どこか神聖なものに思えた。
「これが動けば、全部変わるかもしれない…」
エリスは工具箱を持ち出し、機械の修理を始めた。錆を落とし、歯車を磨き、油を差し込む作業を繰り返す。何日もかけて、ようやく最上部の針へとたどり着いた。最後のネジを締めた瞬間、時計の針がゆっくりと動き出した。
だがその瞬間、村の景色に異変が起きた。家々が新しくなり、周囲の木々が若返り、村の広場にはかつて見たことのない活気があふれていた。そして同時に、エリスの記憶が薄れていった。彼女が修理を始めた理由すら思い出せない。
「私は…何をしていたんだろう?」
気がつくと、彼女は広場で目を覚ましていた。周囲には見知らぬ人々が立ち並び、皆が彼女を暖かい目で見つめている。
「ようやく戻ってきたんだね。」
その言葉に、彼女の胸がざわついた。何か大切なものを取り戻したような感覚があったが、具体的な記憶は何一つ浮かばない。広場の片隅で見つけた古びた写真を手に取ると、そこには笑顔のエリスと両親の姿が写っていた。彼女の記憶を呼び戻す代わりに、時計塔は永遠に動き続けるのだろう。