影を紡ぐランタン

ファンタジー

#ジャンル:ファンタジー
#トーン:温かい
#登場人物:職人

 蒼一は古びた工房の奥で、小さな灯芯に息を吹きかけた。淡い光が揺れ、長年使い込まれた道具の影が壁に映る。彼は長年、この街の灯りを修理しながら静かに暮らしていた。

 そんなある夜、戸を叩く音がした。

 「ごめんなさい、こんな遅くに……」

 現れたのは幼い少女だった。肩まで伸びた栗色の髪に、大きな瞳。レナと名乗ったその子は、小さな手をぎゅっと握りしめながら、ためらいがちに口を開いた。

 「影を閉じ込めるランタンを作ってほしいんです」

 蒼一は思わず眉をひそめた。影を閉じ込める――そんな奇妙な依頼は初めてだった。

 話を聞けば、彼女の村では夜になると人が消えるのだという。朝になれば、彼らの影だけが残っている。だが次の夜にはその影さえも消えてしまうのだと。

 「お父さんも、お母さんも、消えちゃった……もう誰もいないの」

 その言葉に、蒼一の胸がざわめいた。

 彼はかつて、特殊な技法を持つ職人だった。光と影を操る技術。かつては王宮の灯りも手掛けたが、時代が移ろい、今ではただの古い職人としてひっそりと生きていた。しかし、レナの話を聞き、その忘れかけていた技術を思い出す。

 「できるかもしれん」

 蒼一は工房の奥から、一枚の古びた硝子板を取り出した。それは特殊な薬液に漬け、何層もの光を重ねることで、影を宿すことができる硝子だった。

 彼は数日かけて、慎重にランタンを作り上げた。硝子の内部には細かく刻まれた紋様があり、そこに光を当てると、影が映ったまま消えない仕組みになっている。

 完成したランタンを手に、蒼一とレナは村へ向かった。村は静まり返り、家々の窓には誰の姿もない。代わりに、あちこちの壁や地面に人の影が取り残されていた。

 蒼一はランタンに火を灯した。

 その瞬間、影たちがふるふると揺れた。まるで目を覚ましたように。

 「……レナ」

 微かな声が響く。ランタンの光が影を照らすと、それらは形を持ち始め、かすかな姿を浮かび上がらせた。消えた人々の囁きが、夜風に混じって聞こえてくる。

 レナは涙を浮かべながら、影の前に立った。

 「お母さん……?」

 影が揺れ、優しく微笑んだように見えた。

 蒼一はそっと呟く。

 「影は魂の残滓だ。光が正しくあれば、戻るかもしれん」

 彼はランタンの光を調整しながら、一つずつ影を呼び戻す。やがて、消えたはずの人々が、ぼんやりとした姿を取り戻し、レナの前に立った。

 「……ありがとう」

 レナがランタンを抱きしめると、村の灯りがふっと灯り始めた。

 その夜、村は再び光に包まれた。