#ジャンル:恋愛
#トーン:ロマンチック
#登場人物:OL
「社内恋愛は禁止。業務に支障をきたす恐れがあるため。」
総務部のデスクで、美咲は社内規則集をめくりながら深く息を吐いた。これはこの会社に長年根付くルール。今まで疑問を持ったことはない。むしろ、それがあることで職場が円滑に機能していると信じていた。
「先輩、ちょっといいですか?」
声の主は新入社員の颯太だった。入社してまだ三ヶ月だが、物怖じせず、誰にでも気さくに話しかけるタイプ。そんな彼が書類を片手に美咲のデスクへやってきた。
「社内恋愛禁止のルールって、本当に必要ですか?」
唐突な質問に美咲は目を瞬かせた。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、仕事に支障をきたすからって書いてあるけど、本当にそうなのかなって思って。例えば、同じ部署じゃなければ問題ないんじゃないですか?」
「でも、一度許したらどこまでOKにするか線引きが難しくなるでしょう? 会社としてはリスク管理のために決まりを作っているのよ。」
「でも、それって個人の自由を制限してませんか? 好きになる気持ちまで、ルールで縛るのっておかしくないですか?」
真っ直ぐな瞳に射すくめられる。ルールはルール。そう思いながらも、美咲の心には小さな疑問が芽生えた。社内恋愛を禁じたからといって、必ずしも仕事のパフォーマンスが落ちるわけではないのではないか?
「……でも、もし恋愛が原因で仕事に影響が出たら?」
「それは本人たちの問題であって、ルールで防げるものじゃないと思います。」
しばらく言葉を失ったまま、美咲は彼の意見を考えていた。
***
それから数週間が経ち、美咲は颯太と話す機会が増えた。会議の準備や備品の発注作業など、一緒に仕事をする中で彼の仕事ぶりを知るようになった。颯太は思っていた以上に真面目で、どんな仕事にも誠実に向き合う姿勢を持っていた。
ある日、ランチの時間に颯太が何気なく言った。
「先輩、好きな人ができたら、ルールを守りますか?」
心臓が跳ねた。
「……どういう意味?」
「例えば、僕が先輩を好きになったら、どうします?」
美咲はフォークを持つ手を止めた。冗談だと思いたかった。でも、彼の瞳は冗談ではなかった。
「……それは、ルールを破ることになるわね。」
「ルールは、変えられるものじゃないんですか?」
彼の言葉は、まるで美咲の心を見透かしているかのようだった。
***
夜、家で一人、社内規則集を開いた。何度も読んだ「社内恋愛禁止」の条項。しかし、それを読みながら、最近の自分の気持ちに気づいてしまう。
颯太と話すのが楽しい。彼と仕事をするのが嬉しい。彼の視線を感じると心が弾む。
――これは、恋だ。
でも、ルールがある限り、認めてしまえば問題になる。
翌日、美咲は意を決して人事部に向かった。
「社内恋愛禁止の規則について、見直しを検討していただきたいのですが。」
その一歩は、小さな反逆だった。けれど、それは自分の気持ちに正直になるための、最初の一歩だった。